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渡殿を歩く蒼の背を追う。二人で歩いているはずなのに足音は冬華のものしかしない。高く位置で結われた灰白色の髪が左右に揺れる様をぼうっと眺めながら、無言で蒼の後ろを歩き続ける。
「詳しい話は聞かないのですね」
掛けられた問いの意味を図りかねて、言葉に詰まる。
「此処が何処だとか、龍神様が贄をどうしたいのだとか、そういうのは気にならないのですか」
ごくりと唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。普通であればもっと喚いていても可笑しくないのに、自分が成すべきことで頭が一杯の冬華はある意味冷静すぎた。情を移さないためにも対話は求めようとすらしなかった。
それは蒼の目から見れば不自然すぎるであろう。どうにか取り繕わなければと思っても、まだ十五歳、幼子ではないが大人と呼ぶには幼すぎる彼女には些か荷が重い。
「別に気にならないのならそれで良いのです。気になったときにでも聞いて下さい」
冬華を気遣って掛けられた言葉はより恐怖心を煽る。怪しまれている、もしや懐にある短刀の存在に気づいているのでは、と猜疑心が膨れ上がった。心臓の音が蒼にまで聞こえるのではないかと思うほどに大きく鳴る。
何かを発しなければと思っているうちに見覚えのある遣戸の前に来た。蒼の姿はいつの間にか消えている。いっそのこと逃げ出してしまおうか。無理だ、此処は龍神の住処。逃げるにしても何処へ逃げれば良いのか。
室へと足を踏み入れれば、狐面の青年がちょこんと座っている。ぷつんと冬華の中で何かが切れる音がした。自らに課せられた使命の重さに心が耐え切れない。懐から取り出した短刀を青年に向かって突き刺すが、ただがむしゃらに突き出したものが刺さるはずもなかった。狐面の横を掠めて紐が切れ、龍神の素顔が晒される。その面の下を目に留めた途端に、冬華は崩れ落ちるように尻餅を付いた。
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