50人が本棚に入れています
本棚に追加
Dull Blue 1
教室の隅から見上げる空はいつも澄みきった青だった。周りは空になんて興味がないようでそれぞれが語りたい話題で盛り上がっていた。恋愛のこと、好きなアーティストのこと、進路のこと。そんなのの繰り返し。似たような話題を毎日繰り返しても話が尽きることはないようだ。私は違う。私は彼らとは違う、私は特別な人間なのだから。けれどどこがどう特別なのかはまだ分からなかった。どこまでも拡がる青い空を自分と重ねた。きっと可能性は無限にあるはずだ。
高校を出てすぐに家を出た。そしてすぐに渋谷の街で声をかけられた。
「すみません、もしかしてもうどこかの事務所に所属してたりしますか?」
そう言われて差し出された名刺のは芸能プロダクションと書かれていた。
「アイドルっていうよりモデルとか女優志望かな」そう言った私より少し年上の男性は爽やかに笑った。
私が答えに詰まっていると、男性は事務所がすぐ近くにあるから話だけでも聞いてくれないかと言った。
「少しだけなら」私は舞い上がっていた。男性は人懐っこい笑顔で私を案内してくれた。道中決して会話は途切れることはなかったし、嫌な気持ちになることもなかった。
青山方面に少し歩くとモダンなビルを指差し、そこの二階だと教えてくれた。ひと気のないボロいビルなら怪しんだかもしれないがこんな人の多いところだ。そこまで警戒する必要はないだろうと私は男に導かれるままそのビルの中に入っていった。
事務所はそのビルにふさわしいお洒落な内装だった。私は来客用のソファで待つように指示され、男性は事務所の奥へと消えていった。
しばらく待っていると現れたのは私よりもうんと年上の男性だった。都会的でセンスのいい格好をしていたけれど話し方に特徴のある人だった。彼は必ず語尾に「ね?」と同調を促すような圧のある言葉をつけた。彼は吉村と名乗った。名刺にはゼネラルプロデューサーと書かれていた。
「僕はいつもあまり面接はしないんだけど。逸材だって聞いたからね。キミも運が良かったよ、ね?」
私は小さく返事をした。吉村さんはひとしきり私を褒めそやした。悪い気持ちはしなかった。先ほどの男性と同じようにモデルか女優に向いていると何度も繰り返した。私は嬉しくて仕方なかったがそれを表に出さないように気をつかっていた。褒められて調子にのる軽い子だとは思われたくなかった。だが吉村さんにはそんなことは見透かされていたに違いない。
「どう? ウチの事務所の実績は理解してもらえたよね?」
「はい、まあ」
そう答えると吉村さんは大きく頷いた。
「じゃあさっそく登録の話に移ろうと思うんだけど」吉村さんは手にしていたファイルから書類を一枚抜き取った。
「これが契約書なんだけど、登録料として二万、宣材写真を撮るのに五万、合計七万が初期費用として必要になるかな」
「え?」
「当然でしょう? 特に宣材写真は重要だからね。これで仕事が来るか来ないか決まるんだから。ね?」
「え、でも」
「こんなの一回でも仕事に入ればすぐに元は取れちゃうよ」
「いえ、あの」吉村さんの説明は理解できた。けれど東京への引越しで貯金は使い果たしていたし、バイト代が入るのは月末だがほとんどが家賃と生活費で消える。
「ああ、手持ちがないってこと? 大丈夫、自社ローンもあるから。なんなら一回目の仕事が入ったらそれで全額返済しちゃえばいい。ね?」
それもそうかなと思った。私はその場で契約を交わし、ローンの書類にサインをした。
最初のコメントを投稿しよう!