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「俊夫くん、俺のことをお父さんと呼んでくれ。俺はいつか息子とキャッチボールをすることが夢だったんだ。それが、こんなに早く叶えられて嬉しい」
再婚当初から繰り返すアイツ言葉は、子どもながらにも薄っぺらく感じた。アイツの目に、何か分からない薄気味悪さを抱いたからかもしれない。
結婚して1年後、アイツは母に、今は母名義である家と土地を担保に、銀行から融資を受けて1階は店舗、2階は会社、3階を住居にする案を母に持ちかけた。
父や祖父母の残したこの家は、東京都下といっても特急列車が停車する私鉄の駅の、駅前商店街の中にあり、敷地面積も45坪と十分な価値も広さもある。
まだまだアイツの本性がわからなかった母は快諾して、自分名義の銀行融資に判を押してしまった。
アイツが豹変したのは、その頃からであった。
経営は立ち上げのときに一緒だった友人の木村に任せ、自分は2階の会社の中に豪華な社長室を作り、部屋で居眠りをしているか、ミーティングと称してアルバイトの女性を呼んで遊んでいる。
夜は高級服に着替え、接待といっては地元の市議会議員と飲み歩く毎日。
そして、飲んで帰ったあとは3階の家に戻りクダをまくのであった。
深夜、玄関のチャイムが連打される。
夜着を羽織って玄関まで出ていった母を、狂ったように鳴るドアベルで目を覚ました僕は、部屋のドアをそっと開けて見ていた。
「なんだ? ご亭主様が帰ってきたのに、寝ているとはどんな女房だ!」
母の開けたドアを乱暴に開けて入ってきたアイツは、母に悪態をつき、脱いだ靴を投げつけた。
小心者の母はアイツの言った一言一言に「すいません。すいません」と詫びる。
ダイニングにドスドスと音を立てて入ると「おい! ビールだ」と叫んだ。
母がビールとグラスをテーブルに怖ず怖ずと載せると「ビールだけ飲めっていうのか?! 気が利かねえやつだな。こういうときは、ササッとツマミも添えるのが当たり前じゃねえか? アン? 誰のおかげで飯が食えていると思っているんだぁ?」
アイツは、母の顔にビールをぶちまけた。
怒りを感じた僕は母の前に立ち「やめてよおじさん!」と叫んだ。
「おじさんだぁ? お父様だろうが! えっ? なんだその目は?」
アイツが僕の頬を平手打ちした。
子どもにするには容赦がない打撃に、僕の身体は吹っ飛んでダイニングにある冷蔵庫に頭を打ち付けた。
「すいません。すいません。俊夫だけは勘弁してください」
土下座する母に、アイツは言い放つ。
「いいや勘弁しねえ! コイツ、一度も俺のことをお父さんと言わないばかりか、自分から話しかけもしねえ。常々、いけ好かねえガキだと思っていたんだ」
倒れた僕のお腹を、大人の力で蹴るアイツに必死にとりなす母。
この夜から僕達の地獄は始まり、僕の心にアイツへの憎悪が芽生えた。
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