4人が本棚に入れています
本棚に追加
おや、受付のところに誰か来ましたよ。見慣れない顔の、キャリーを引いた若い女の人。外国から来たのでしょうか。不安そうな顔付きで、館員さんに尋ねています。示されたのは奥の方。あっ貴重書室に行くみたい。どうです、ちょっと付いて行ってみませんか。
ほらほら早く、女の人の足が焦っています。
さあ、王の時代と変わらない、精緻な木彫りの階段を昇って。王宮の奥の奥、最上階へ。
貴重書閲覧室は王宮のてっぺん。この図書館が始まった、王の宝の書庫でした。高い高いフレスコの天井から、神話の神々と天使たちが見下ろす、円卓一つの小さな部屋。下の部屋と比べて薄暗く、高窓からの細い明かりが天井絵に浮かぶだけ。古い紙はお日様を嫌うので、大きな窓は無いのです。
でもご心配なさらず。円卓に置かれた古びたランプが優しく手元を照らします。色ガラスの傘の下、昔は蝋燭の揺らめく火が、今は電球の淡い光が、めくるページを照らします。
さてここが持ち場の妖精は、ランプの下でこっくり、こっくり。貴重書室の当番ったら退屈なことこの上ない。ここに来るのはいつも研究者。見たい本は分かっているし、貴重書はみんな予約制。閉架書庫から運ばれますから、本選びすらないのです。
今日ももう、予約された資料の箱は円卓に積んであるのですもの。仕事といえば、せいぜいほつれそうな綴じ糸をこっそり結び直したり、ぼろぼろの表紙が剥がれないように、ちょっと押さえてあげるくらい。
キィィ……
遠慮がちな扉の音がして、若い女の人が入ってきました。
すると、驚きです。見事なフレスコ画にはさっと目をやるだけ。円卓を見るや、なんと駆け寄ってくるじゃありませんか。紙製の箱をそっと開け、中の黒ずんだ紙束をみて、小さな叫び声すらあげるのです。
妖精は眠気も吹っ飛びました。何だかこの子は面白そう。どんな本に夢中なのかしら
さて若い女の人、鉛筆とノートを円卓の上にそっと置き、ポケットから出した手袋を、待ちきれないとばかりに急いで手にはめます。嬉しいですね。手の脂が付かないように、指紋で汚れないように。昔の紙は傷つきやすい。それをちゃんと分かっているみたい。
最初のコメントを投稿しよう!