お城の図書館

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 白い手袋でそぅっと取り出されたのは、薄汚れた、でも昔は色鮮やかだったと思われる皮布張りの板に挟まれたたくさんの紙束。二つ折りの大きな紙が重ねられて冊子の形を作った、もう二、三百年も前の紙束です。いくつもの冊子は合わせて百枚はありましょうか。そっと板を外すと、中の紙は端がぼろぼろ切れてかび臭く、しみもたくさんついています。  それでも女の人は束を見て目を輝かせたじゃありませんか。さっそく開いて、勢いよくメモを取り始めるじゃありませんか。  面白くなった妖精は、何を見ているのか覗いてみました。  あらまあ、なんと、楽譜です。五線の段がいくつも並び、その上におたまじゃくしが躍っています。それぞれの冊子はそれぞれのパート。弦楽器、木管楽器に管楽器、打楽器はティンパニひとつだけ。二人か三人の筆跡で、慣れた手つきで書かれた楽譜。  なるほど、これは貴重です。妖精は嬉しくなりました。この楽譜はむかしむかし、王宮の楽師が書き写したもの。腕を鳴らした宮廷楽団が、優れた作曲家の音楽を演奏しようと、手分けして写したものなのです。  女の人は頰を紅くして、冊子を次々に見ていきます。でも、あれれ、なにしてるのでしょう。五線の段を数えたり、インクの色を比べたり、書き手の文字を真似て写したり。  ちょっと待って、何を見ているの? 時を忘れるほどの音楽がそこにあるのですよ。  妖精は慌てました。どうにか中を読んで欲しくて、五線の上を跳ねてみたり、ヴァイオリン・パートを前に出してみたり……この旋律、この和音、ここを見て欲しいのに。  それでも女の人は気づきません。閉館時間を気にしながら、メモを取るのに無我夢中。紙をランプの方に向けて透かしの種類まで確かめて、ちっとも音楽を見ていないみたい。  妖精はがっかり。途方に暮れて、ランプに座って足をぷらぷら。ここにはよく来るのです。書いてある中身ではなくて、「モノ」を見に来る人達が。  閉館まであと一時間。あくびが妖精の口にのぼります。ふわぁー、明日は別の部屋の係につきたいなあ。  そのときです。  静まり返った部屋で、ぱたっと、かすかな音がしました。  妖精が驚いて顔を上げると、女の人の手は止まり、そのうるんだ瞳が、じっと楽譜の一点を見ているのです。
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