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情報屋“梟”
身を刺すような北風が高層ビル群の間を吹き抜け、そのはるか上空に青白い満月が深夜の街を照らす。夜目が利く梟は月明かりの届かない場所で目を光らせていた。
東京一きらびやかな、眠らない繁華街の一角、人目をはばかるように建てられた深夜営業のバー。クラシックの音楽が流れ、バーテンダーが酒を振る舞う、いたって普通の店。
無意識の内に座っているカウンターから店内を物色し、そのように情報をまとめていた。
(……職業病かな)
そんな自身に気づいて「はぁ……」とため息をつくのは、背中の開いた真っ赤なドレスを着て、不自然なほど黒い艶やかな髪をなびかせる、黒い瞳の女。
彼女は頬杖をついてどこかぼんやりとした様子。しかし眼光は妙に鋭く、それだけで普通ではないと、その道に精通した者は分かるかもしれない。
つまり彼女こそが情報屋・梟である。
彼女は仕事のためにこの店を訪れた。柄でもない派手なドレスを身にまとって、滅多にしない濃いメイクをして、キティなんて酔えもしない可愛らしいカクテルをオーダーして。
そんな変装や、妥協までしても欲しいものがあるから。その鋭い視覚と聴覚は、目線の先にテーブル席で談笑する、2人組の男に注がれていた。
(貸し出してやろうか、あの女……胸もケツでかくて、締まりも、いいぜ……はあ?酒が回ってうっかり喋り出すかと思ったけど、ゲスい下ネタばっかり)
しかし思うように情報が入手できず苛つく一方。彼女は読唇術を心得ており、会話の大体の趣旨は理解できる。
ところがターゲットの持ち出す話は下ネタのオンパレードで、さすがの梟もほとほと飽きてきた。
(まあ、写真は入手したことだし、またの機会に……)
もう少し留まってもいいが、長居しすぎて不審に思われても仕方ない。腕時計の針は深夜2時を指している。さっさと勘定を済ませて帰るか。
脚の高い椅子から降りるため、床に足を着けようとしたその時だ。
「……隣、いいか?」
凛とした艶のある男の声が、隣から発せられた。
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