1話:そこに神様はいますか?

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1話:そこに神様はいますか?

 黒髪で面長の男は、頬が痩せこけていて、瞼の脂肪が落ち、丸々とした恐ろしい眼球がはっきりとしている。  腰には短刀を忍ばせており、分厚い上着の内ポケットには教典が入っている。  男の名前はエントといい、教会のために神様を探していた。  エントは教会の信者ではないが教会は金払いがいいため気に入っていた。  今回の任務は神様を教会に連れてくることであり、神様に会えるということに興味があった。  エントは村を盗賊に襲われて失ってからは、他の村や街へ行って生きるために必死に働いた。病が流行ればよそ者を焼いて厄払いをせよ、不作になればよそ者を人柱にして埋めろ、村が襲われればよそ者が戦え。  自分の故郷がないというのはそういうことだ。 「神がいるなら会いてえよ」  エントは街の宿で報告書を記す。  街は雨。雲が分厚くなると夕方には光が消える。  紙燭(しそく)に火を灯すと、ペン先にインクを浸けて進める。 『上記に示した噂をもとに向かったが、神様ではなく手品が得意な陽気な爺さんだった。つまり“偽物”。前の村では紙は不在で巫女が舞を踊る祭りがあったことから、どこも神様がいてほしいという願いを感じる。教会が神様になりうる存在を手に入れれば、勢力の拡大は容易』  エントはこの世界には神様がいないと思っている。  そんな万能な存在なら自分はこんなにも不幸ではなかったはずだ。  それとも、神様は万能ではないが存在しているのか。  せめて豊作にする技術や厄災を対処する知恵があれば神様とでっち上げることもできるはずだ。  いや。  元々神様というのは賢い人間か直感に優れた人間か運のいい人間だと思っている。 「奇跡を起こす神様か」  エントは報告書を書き終えた。  布を厚めに張った傘を差す。  郵便局へ行って硬貨を払った。 「これはいつ頃着く?」 「はい。最近は雨が多いので二週間はかかってしまうかと。追加料金を払えば、領主様たちのルートも一部使えるので五日に縮めることもできます。どうしますか?」 「いや、いい。急いでないからな」  いつでもいい。  神様がいないかもしれない、そんな報告に価値はない。  郵便局から出る。エントは酒場に入った。 「神様がいるなら一目見たいものだ」  今回の任務は終わるか分からない。  多額の前払い金はもはや餞別にも思われる。  教会に見捨てられたのか?  それにしては前払い金は多い。 「ビールと、食べ応えがあるロースト肉をくれ。金はこれに収まればいい」  切り盛りをしている女将に硬貨を見せると、女将は笑う。  周りにいた客もビールジョッキを掲げて、エントの注文を愉快そうに盛り上げた。 「覚悟しな。うちのローストは最高よ!」 「それで頼む。最近は良いことがなくてな。食べて飲んで元気を出したいのさ」  女将が厨房に戻ろうとすると客の一人が聞く。 「あんた旅人だよな? 何があったんだ?」 「探し物が見つからなくてな」 「ここは大都市だ。それでもか?」 「残念ながら」 「よし、旅人。元気出せ、そして痩せすぎだ。奢ってやろうか?」 「金は余るほどある。愚痴だけでも吐かせてくれ」  エントは席を立つ。 「今日は俺の奢りだ。これで足りるか?」 「多いくらいだよ」  女将が答える。 「愚痴代だ。もらってくれ」 「悪いよ」 「ならいつもより美味しく作ってくれ。調味料もたっぷり、どの料理も大きくしてくれ。そしてみんなで食べよう!」  エントの目的は神様を見つけることである。  神様はいないと思いつつも期待し、こうして酒場で情報を集める。  酔わせて得た大量の曖昧な情報を、後日他の旅人や情報屋に確認してもらう。 「俺は神様を探している。昔、自分の村を失ってから心が空っぽなんだ。神様に会えれば救われると思っている。でも今まで詐欺師や手品師、神様のいない巫女。偽物か不在か」 「だから旅を。奢ってもらったし、神様に関する話を知っている分は話してやるよ!」  ほとんどは作り話の域を出ない。  客のほとんどが酒で潰れるとエントは店を出ようとした。  そのときだった。  一人で飲んでいたがたいの良い男がエントに串焼きを差し出す。 「この店の裏メニューだ。やる」 「ああ」 「神様を探しているだったか?」 「そうだ」 「心当たりがある」 「神様の?」 「存在するはずがない地域がある。アンデレ区、ここから遥か東の、長い歴史を持つ地域だ」 「存在するはずがない?」 「ああ。だが、書物には長期間の大洪水を生き残ったとされる記述がある。もし奇跡が起こっていないなら、アンデレ区にあれほど長い歴史の記録はないはずだ」 「神様がいるなら行きたい」  男はビールを呷ってカカッと笑う。 「神様はどんな人間を救うと思う?」 「それは崇める人物」 「そう思うか? ということは、神様は差別するということか。人間らしい未熟な精神の持ち主だ」 「崇めない人間を救うのであれば悪人も救うことになる」 「そうだな。だが、それこそ人の理解の及ばない存在だと思う。さて、俺は救われるのか? 救われないなら差別をする存在、それはもはや神様の偽物だと思うな」  がたいの良い男はモントと名乗った。  エントは自分の名前と響きが似ている男に親近感を覚え、ともにアンデレ区へ行って神様を探すことになった。  馬車を飛ばすと二週間かかった。  途中街で物資を購入しながら進んでいたが、モントは金がなくすべてエントが払った。  代わりに道案内をしてもらったのだ。 「木造建築、河川もあって、牧場もある。田畑もある。牧歌的だ」 「ああ。神様探しをしようぜ」  アンデレ区に入る。  見張りには商人兼宗教家と名乗った。  すると区長に会うように指示を受ける。  見張りに付いていくと、ボロボロの一軒家に老人と介助をする若い女性がいた。  女性は区長の孫娘らしい。  宿代と身柄保証用の金を払う。  身分や訪問理由について説明すると今日から使う宿が手配された。  宿に着くと、受付に子供が二人くつろいでいた。 「ねえ、お兄さん旅人?」  ツインテールの髪の長い八重歯の少女が言う。  そばにいる男の子は少女の手を引いて建物から出ようとしていた。 「ライ、旅人さんが困っているだろ。宿から出るぞ、ここにいたら迷惑だろ」 「ゼンテ。外からの人って珍しいよ!」  ライははしゃぐ。  ゼンテは頭を掻いていた。  これは、『天界』と『地上』が隔たれた時代、世界樹に関する一つの物語である。
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