2話:俺は奇跡を見たいんじゃない。

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2話:俺は奇跡を見たいんじゃない。

 エントとモントは別々で『神様』という存在を探すことにした。  しかし、村人は神様について話そうとはしない。  エントは教会の教えを紹介し、教典の内容を補足するような物語を話す。  アンデレ区はどこも飯が美味しい。  そして、村人は優しい。  老若男女問わず話を聞いてくれるが、神様を信仰する様子がなかった。 「神様がいるとは思えない」 「そうか? だがこの地域は奇跡が起きた記録がある。そうでなければ洪水で滅んでいないわけがない。たまたまと言いたいのか? この牧歌的な場所が道具を駆使して洪水を耐えたとも思えない」 「隠しているということか?」 「少なくともよそ者にはな。俺もエントもよそ者として雑に扱われた経験は一度や二度ではない。そのときの空気がかすかに匂う」 「警戒の範疇だろ」 「そこでな。エント、子供だぜ」 「子供?」 「特に初日に宿の受付付近を占領していた子供だ。旅人がほとんど訪れない地域の宿にいる子供。好奇心旺盛か、俺たちの様子見をしているか。きっと誑かせば神様の話をしてくれるだろうよ」  いつまでも神様探しができない。  アンデレ区のおもてなしを受け、物を売買し、宗教を広めて役割を終えればいつまでもいるのはおかしな話だ。 「時間はないな。エント、神様に会いたいだろ? 俺は力が手に入ればそれでいいが」 「ああ。会いたい、自分の村を守らなかった神に話を聞きたい」 「神様に文句を言うってのは興味深いな」  エントとモントが宿に戻って、ライという少女とゼンテという少年を探すことにした。  少女のツインテールを見ればすぐに分かるはずだ。 「意外と近くにいる。小枝で地面に絵を描いて」 「エント、子供っていうのは大人の事情を理解できない生き物だぜ」  モントは子供に手を振るとしゃがんだ。 「旅人さん?」 「ゼンテくんだね。おじさん困っているんだ」 「どうしたの?」 「病気のお母さんがいてね。救いたいから、神様に会わせてほしいんだ。祈ればきっと良くなる。奇跡を信じるしかないんだ」 「旅人さん。だからここに来たの?」  ゼンテの言葉を聞くとモントは口角を上げる。  ここには、奇跡がある。 「ああ。特別な力を頼りたくて」  ライがツインテールを揺らしながら駆けてくる。 「旅人さん、よく知っているね。奇跡が起きたって、小さいころ父さんも母さんも話してくれたの! 私のひいおじいちゃんがね、奇跡を起こしてこの村を守ったって。今は発展して村と呼ぶには大きいけど」 「ほう?」  モントは振り返ってエントに指示を出す。  当たりだ。 「ライ、旅人さんは別の神を信仰している。だから異教の話は控えないと」 「え? 神様っていっぱいいるでしょ? みんな崇めるべきでしょ? 異教だったら駄目なの?」 「それは」  ゼンテがライに言い負かされる。  エントは内ポケットから教典を出して開く。 「この文字読めるか? 優しい神様ならみんな大切にする。ライちゃんの神様はどうだ?」 「神様は綺麗な人で、優しくて、罪人だったって。でも英雄で」 「罪人?」 「その罪はひいおじいちゃんの父さんと母さんを見殺しにしたと。洪水でね」 「神様がね。で、どこに行けば会える?」 「空の向こうにいるって」 「なら行けないな」 「ひいおじいちゃんは天を繋げて神様を返したと言っていたから。神様が来るのかな?」  ライが言うと、モントは悲しそうな表情で言う。 「なら俺の母は神様を待てばいいのか? 絶対に会いたいな」 「神様に会う目的ではなくて、病を治すだけならいいものがあるよ。もらっていいかは区長さんに聞かなきゃだけど。来て」  ゼンテが「それは」と止めようとするが、ライは旅人と話せるワクワク感とモントの母を心配してしまって案内をやめそうになかった。  木造建築が込み入った道の、特に細い通路の向こうに一本の木が生えていて。  その下に屋根付きの木造の台があり、扉が付いていた。 「これ、世界樹の種!」  ライが扉の中にある巾着袋を取り出すと、中から漆黒の球体が三つ出てくる。 「すごい力があって。木になって、育てると何でも願いが叶う果実ができるって。それでアンデレは洪水後に飢えることもなかったって! 洪水はね、世界樹は要塞となって、」 「ライ、そこまでだ。旅人さんに種をやれるか分からない。でもまた木を育てる許可が得られるなら、病を治す果実を作れるかもしれない」 「ゼンテも協力するの?」 「可能性の話だよ。そろそろ戻ろう、うちは夕食の準備があるから」 「分かったよ。じゃあね、村人さん」  種をしまって家に戻っていった。  エントとモントも宿に戻る。  夕食は宿のモントの部屋でパンに野菜と肉を挟んで食べる。 「モント。母が病って嘘だろ?」 「ああ」 「神様は存在するかもな。でもそろそろここを出ないと」 「そうだな。神様に会えないのが残念か?」 「文句を言うつもりだったからな」 「ここを出たらどこへ行く?」 「前に聞いた噂を頼りに一度西に戻ってからだな」 「俺はこのまま左へ進む。楽しかったよ、一緒にいられて。俺は罪人だ、自分の国に戻されて死刑される予定だったが、輸送中に事故が起きて逃げてきた。力がほしかったのは逃げ切るためだ」 「モント?」 「わがままだからな。神様が罪人も救ってくれる存在であることを願ってしまう」 「罪って。いや、これ以上は聞かない。だがそうだな、神様は罪人も救うし善人も見捨てる存在でいてほしい。俺の故郷は良い人ばかりだったからな」  食事を終える。  エントが自室に戻ろうとすると、モントが言葉を続けた。 「劇場に上がる俳優、宝石商をする女、広場で音を奏でる楽器弾き、派手に祝う新郎新婦。きらきらしているものが好きなんだ」 「そうですか」  嫌な予感がして足早に去ろうとするが、エントの袖を強く掴まれる。  冷や汗が流れた。 「エント、きらきらしていた人間はみんな殺したよ。恨んでいるからじゃない、殺すことでそのきらきらした物語の終わりになれる。きらきらした生き方をすべて取り込んだ気がして気分が良いんだ。ここにいる存在はきっと偽物だろうな。俺を生かしているのだから」 「俺は、明日には帰る予定だ」 「そのつもりだ。こんな罪人だけど、村人に挨拶するときは一緒にいような。俺たちは二人で一つ、そうやってアンデレ区に入ったんだ」  モントは光の灯らない瞳で言う。 「そうだったな」  エントは吐き捨てるように言った。
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