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3話:想像を超える存在が今そこにいる。
翌朝、エントとモントは区長を訪れて、アンデレ区から出ることを伝えた。
区長は最後にもてなしてくれるということで、飲み物と一口大に切った果実を出してくれた。
エントは新たに出された果物を齧る。
瑞々しくて甘い。
「区長、大変です! ゼンテとライが世界樹の種の台を掃除していたところ位置に違和感があり確認してみたら。世界樹の種が一つ足りなくなったそうです!」
区長の家に勢いよく男が入ってきて言う。
「世界樹の種がなくなった?」
区長が聞き返すと男は区長の耳元で囁く。
目つきが鋭くなってエントとモントを睨んだ。
「異常事態が発生しました。世界樹の種について知っている者すべてを調べなくてはいけません。子供たちのしたことですが、旅人さんも子供から存在を聞いてしまっているようなので協力してください。出る前に見せてくれませんか?」
疑っている、エントはよそ者を見る目に敏感だった。
「俺たちから見てください」
エントが答える。
広場に連れて行かれ、囲まれながら荷物検査が始まった。
エントはまず裸になり服を確認する。その後、服を着て荷物を確認する。
「疑ってすみませんでした」
検査を担当していた男が言う。
柔らかい表情に変わったことを確かめると、エントはホッとした。
が。
そのときだった。
「お前、何を隠した。何をしているッ!」
隣で男の叫び声が聞こえた。
検査されているのはがたいの良い男、モントである。
「何を食った。今のは、」
「見間違いだろ?」
「口を見せろ」
「ほえ?」
モントが口を開けると、検査の男が目を見開く。
「お前、飲み込んだのか?」
「何の話だ? それとも全部出すまで俺を解禁するか」
「お前」
「アンデレ区は本当にいい場所だ、キラキラしている。目的を達成する必要がなければ、俺が終わらせたかったな」
エントはモントの言葉を聞いていた。
こいつは危険だ、でもここから出れば赤の他人。
どんな罪を被っていようと、
「きいらきいら、キラキラキラキラ、Kいrrrrrr」
モントは腕の筋肉が膨れ上がり、足は巨大化し、三メートルを超える巨躯へと変わり果てた。
検査の男が腰を抜かしてしまう。
モントが男の腹を殴ると吹き飛んで距離のあった家の壁にめり込む。家にはひびが入り、男は強打した背中に血を滲ませて気絶した。
「ば、化け物! 世界樹の種を取り込み、怪物になった!」
区長が叫ぶ。
パニックになり慌てて逃げ惑う人々を、モントは拳で吹き飛ばしていく。
「ライ、逃げろ!」
「ふえ? その、逃げ切れない」
モントはライを握って持ち上げる。
ライは痛みに耐えながら声を殺し、気を失わないように抵抗する。
「モント、子供だぞ。何をしている!」
エントは普段から腰に掛けている短刀を取り出す。
「終わらせたいー、キラキラキラキラ、Kいrrrrrrrr!」
一緒に旅をした人間が殺人鬼か。
人の見る目がない自分にがっかりする、それだけだ。
「モント、お前は、神様が本物だろうが偽物だろうが許されない」
短刀の先を見せる。
ぎらついた刃に気を取られると手が緩んでライが解放される。
ライは地面に倒れ咳で口に溜まった唾を吐き出すと、乱れた呼吸を必死に整える。
エントはライの元へ行こうとするゼンテの前に手を出して制した。
「ごめん。俺がさっさと決着をつけるから待っていてくれ」
モントが拳を振り回す。
エントは華麗に飛び越えるとモントの腹を刃で突く。
強い弾力で返されるが、刺した部分は凹んで煙が漏れていた。
「聞いているのか?」
ならば。
決める。
「そんなに巨大になって逃げきろうとか、お前馬鹿だろ?」
エントが短刀を突くと、モントはにやりを笑う。
腹で受けた。
血は出ない、弾力で返され凹んで煙が漏れるだけだ。
その一瞬、エントの隙となる__
はずだった。エントは短刀を引っ掻くように振ると、モントの腹に引っ掛かる。
そのまま蹴りをお見舞いすると、モントは後方によろけた。
これでも倒しきれないか?
「いや」
モントは手を地面に着くと、口から黒い球体を吐いて倒れた。
姿は元の大きさであるが、体中に皺ができている。意識はない。
途端、種は急激に根を張って幹を伸ばし、どんどん巨大化して天をも貫いた。
エントが見上げると空に薄暗い穴が見えた。
そこから耳の長い、羽を生やしスカートを履いた少女が降りてきた。
その姿に、意識ある者は膝を折って祈るように頭を下げる。
「あちゃ。憎悪によって天界と繋がったか。世界樹くん、片道切符なんだよね」
世界樹が霧となって消えてしまう。
「神様」
エントが呟くと、少女は寄った。
「神様はたぶんいない。妖精だよ、天界に住んでいる。天界から見ていたけどさ、私お前が言う神様の偽物だと思うわ」
「偽物? この奇跡が君の仕業なら、神様だろう」
「確かに崇められているのは妖精だ。神様といえるかもしれない」
神様がいるなら。
モントが倒れていることも、モントによって怪我人がいることも、妖精を見て人々が驚いていることもどうだっていい。
聞きたいことがある。
「なぜ俺の村が滅んだか教えてくれ」
「私はルーナ。質問に答えてあげよう、種を飲み込んだ馬鹿を成敗してくれた分だ」
ルーナはモントの上に座る。
「この馬鹿はあとで街に連れて行って罰を与えてもらおう。そうだね、君の村には神様がいないからね」
「え?」
「神様が、私たち妖精が救わなかったわけではない。管轄外だった、私たちは作物を捧げてもらって力を得ている。その力の一部を管轄で還元している。あんな痩せた土地、妖精は誰も見ていない」
「それって」
「お前たち人間が勝手に住んでいただけだ。お前の村を滅ぼした悪人も妖精がいない痩せた土地で生活していたが飢えそうになり、お前の村を襲って滅ぼした。救えた可能性が高いが妖精が誰もいないから仕方ない」
そう言われて納得できるエントではなかった。
「偽物だ。神様の偽物だ、管轄だと? 崇める者すべてを救えなければ偽物だ!」
「妖精だって。人間って痩せた土地に勝手に住んで、神と呼んできて、でも偽物と言ってきてめちゃくちゃだ。そもそもね、ルーナはアンデレの妖精ではない。地上と天界が繋がったから来ただけだよ。種をくれ、世界樹を育てて帰る」
ルーナがエントに手を出す。
エントの故郷が滅んだ理由が分かってしまった。
もう何も残っていない、そう思ったが周りを見ると人々は祈っていた。
神様に愚痴を言いたかった、でも話を聞いて心の行き場を失った。
でも本当は。
「俺だって、救われたかった」
呟くと、エントは頭を下げた。
「教会に来てください、ルーナ様。貢ぎ物ならあります、やっぱり俺は救われたいし、みんな救われたい!」
「神がほしいのか。偽物だぞ?」
「分かっています。それでも、奇跡を起こせる存在を!」
「人間は勝手だ。でも好きだぞ?」
ルーナは笑う。
こうして、教会は神様を、偽物の神様を手に入れた。
そして、モントは処刑された。
偽物の神様は善人を救ったか、それとも悪人を救ったか?
少なくともその判断は気まぐれだ。
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