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こうして、皇とアカギは一緒に曲作りに励むこととなった。コンビニ裏での雑談が共同作業へと変わり、次第に二人の距離は近くなっていく。しかし、それは仕事としてのパートナーであり、色恋沙汰ではなかった。
「ここの音なんか気持ち悪い」
「なんかってなんだよ。詳細に話せ」
「音楽のことはわからないって言ったでしょう?とにかく、この部分が耳障りなの」
「まったく……酷い言いようだな」
「素直だと言ってほしいわね」
「はいはい。皇は素直でかわいいよ」
「うわ、気持ち悪いわね」
「なんだよ!お前が言えって言ったんだろ?」
「“かわいい”は余計よ。女の子がみんなその言葉で喜ぶと思わないで」
皇はアカギに対し、毒舌ではあるもののしっかりとサポートに徹している。特に彼女の“耳”はよく機能した。先天的な能力なのだろうか、ノイズが含まれる音に反応し、協和音へと組み直していく。
アカギもまた、皇からの無理難題をいとも簡単に解決していく。二人の才能が共鳴し合い、音符が次々と足されていく。スランプ気味だったアカギも、思わず手が進む程だった。
「あとはCメロと落ちだけだな」
アカギは小さく呟くと、必死に液晶画面と睨み合う。皇はその様子を見てから、アカギと同じく液晶画面を覗き見る。色分けされたラインに、音量バー、見たこともない楽器の名前が連なっていた。
「何してるかさっぱりだわ」
無意識に言葉が出ていた。それくらい、皇にとっては馴染みのない光景だった。
「皇、確認してくれ」
「わかったわ」
アカギが再生ボタンを押す。パソコンから流れ出る音楽は、サビの荒々しい雰囲気よりも少し落ち着いていて、聞き手の感情を揺さぶるよう仕向けられていた。
「貴方、天才だったのね。とても素敵な楽曲よ」
未だ画面に釘付けの皇。声が震えているように聞こえるのは、気のせいではなかった。アカギの大作に感動し、放心していたのだ。
「伊達にこの業界に浸ってねえよ」
ククッと小馬鹿にするような笑い。アカギのその笑い方を、久しぶりに聞いたと思った。今まで必死に音楽を作ろうと苦慮していたアカギは余裕がなく、皇に対してもどこか遠慮がちだった。
しかし、スランプを脱した今、アカギに恐れるものはなかった。最初に出会った頃よりも更に喜々とした表情が、そこにはあった。
「この曲がメディアに広がっていく様を見てろよ」
「私がアシスタントした作品だもの。見届けるわよ」
二人は勝気な目をして、闘志を燃やしていた。誰が聞いても納得の曲だろうと自信しかなかったのだ。実際、良くも悪くもこの曲は世間の注目の的となった。
曲作りが終わり、他の仕事も大方片付いた為、ゆっくりとした時間を過ごしていたアカギ。皇も変わらずコンビニ店員として働く日々。
毎夜の二人の雑談は回を重ね、下の名前で呼び合う程の仲となっていた。憂いた話はなく、二人はただ浮かれていた。浮かれすぎていたんだ。
そろそろあの曲がメディアで聞けるのかなと、心待ちにしていた皇。そんな皇に悲報が届いた。正確には、その悲報を目にした。と言うべきか。
休日だった皇は、朝からテレビをつけ、怠惰な一日を過ごしていた。そして夕方のニュース番組をながらで見ていた処。衝撃的なものを見てしまったのだ。
【有名作曲家 赤城恭介 盗作の疑いか!?】
画面にでかでかと映し出されたテロップ。皇は思考を停止した。そうするしかなかったのだ。彼が非道なことをするなんて皇には考えられなかったから。
怠惰な生活をしたことで理解力が低下したのか、見出しの一文ですら頭に入ってこない。
皇はパッと顔をあげ、スマホを手に取る。テレビ画面に映された心無い文字より、アカギ本人からの言葉の方が信憑性が高い。
『ニュースになってるのってどういうことなの!?』
焦りを含んだ文に既読がつく。そして返ってきたのは質素な字列。
『お前には関係ないことだ』
「なに、嘘言ってるのよ……」
テレビから流れているのは間違いなく、あの時二人で作った曲。皇がこの事件に関与してるも同然だった。
「これは私たち二人の曲でしょう?なのに、どうして私だけ蚊帳の外なのよ……」
アカギが皇の名を出せば、皇の所にまで取材班が行ってしまう。きっとアカギはそう考えたのだろう。しかし、巻き込まないようにする為だとしても、皇はそれが許せなかった。
『貴方がその気なら、相手の事務所に乗り込むまでよ』
相手の事務所なんて、わかりもしないのに。強気に出たらアカギの考えも変わるのかなと、賭けてみたのだ。
『こんな時でも強気なとこは変わらないんだな。でも無駄だ、俺は一人で罪を背負っていく』
結局、アカギの意思は変わらなかった。
「なんで貴方が罪を背負わないといけないの?なんで真実を明かさないの?……どうして、貴方はいつも“そう”なのかしらね……」
なんで、どうしてが皇の口から止めどなく溢れ出てくる。切なくなると同時に、誤情報を流した犯人に殺したい程の怒りを覚えた。我が物顔で、人の作品を自分のものだと主張する性悪な奴だ。一度殺したくらいでは気が済まない。
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