酒と裏切り。音楽と花束。

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『お前、犯人がわかっても勢い任せに殺しにかかるなよ?』 血が沸騰した頭を鎮めるかのようなメッセージが、タイミング良く表示される。 『ちょうど、殺気に満ちていたところだったわ』 『取材班に付きまとわれてるから、しばらく会えそうもない。その間、相手や事務所がわかったとしても会いに行こうとするなよ?いいか、絶対だ』 ため息と念を押すような怖い顔が、画面の向こうに見えた気がした。 『わかったわ。早く落ち着けば良いわね』 報道の旬なんてすぐに切り替わる。と、この時の皇は安易な考えでいた。いつも通り仕事をこなしていれば、いつしかまた二人で穏やかな時間が過ごせると信じて疑わなかった。 雲行きが怪しくなったのは、それから一ヶ月経った頃。未だ盗作疑惑のニュースはネタにされていた。それまでアカギを庇っていた人たちも、手のひらを返して非難するようになった。SNSを見てもアカギを悪とする意見が多く、見るに堪えない状況だった。 「いつから、こうなってしまったの……?」 皇はスマホをベッドに放り投げ、涙で濡れた顔を枕に押し付ける。彼を助けるために曲作りを手伝ったのに、こんなことになってしまった。これでは本末転倒だ。この曲さえ作らなかったら……。ネガティブな感情は皇の心を支配していく。 そんな時、スマホから陽気な音楽が流れ出した。着信音の設定間違えたかな、皇は思った。 画面を見てみると、アカギの名前があった。 「恭介!?無事なの!?」 皇は思い切り叫んだ。 「ああ……」 久しぶりに聞いたアカギの声は、酷く枯れていた。返事も何処か上の空で、無事じゃないことは確かだった。 「俺さ、お前と曲が作れて幸せだった。やっぱり音楽が俺の生き甲斐なんだなって改めて感じたんだ」 「香叶恵(かなえ)、俺が死んだらいつもの場所に花束を置いてくれないか」 アカギははっきりと言った。枯れた声なのに芯が貫いていて、皇も頷いてしまいそうになるくらい、圧が強かった。 「何を言っているの……?」 「そのままの意味だ。この世界には敵しかいない。事実を知ってるお前だけが、俺に花束を捧げてくれる」 「ちょ……!会話になってないわ。本当に死ぬ気じゃないわよね?」 「さあな。それと、お前には言っておきたいことがあるんだ。……俺に盗作疑惑を吹っかけたのは、飲み仲間だった奴だ」 「……は?」 少し間を置いて、聞かされた言葉は衝撃的なものだった。 「あいつも業界の人間だったんだ。俺はつい最近まで知らなかったんだけどな。香叶恵と曲作りが終わった後、飲み仲間たちと集まる機会があったんだ。その時に酔って判断が鈍くなった俺のパソコンからデータを盗んだんだと、さっき本人から聞かされたよ」 「なにそれ……」 「はは、俺も同じように絶句したよ。友達だと思ってた奴に裏切られるなんてな……」 「なあ、香叶恵。俺は何か悪いことをしたんだろうか。呆気なく人生が終わるようなこと、何かしたんだろうか」 「してない。してないよ!恭介は何も悪いことなんてしてない!」 「でもな、こうして天罰をくらってるんだ」 「(誰より音楽を愛し、誰よりも素直な貴方が天罰を落とされるなんて、あってはならない)」 言いたいのに、喉の奥が焼けるように熱く、思うように声が出ない。泣きたいのは彼の方なのに、私ばかりが涙を流してだらしがない。それでも、今までのアカギの心情を思うと、涙が止まらなくなる。 「香叶恵、泣いてるのか?やっぱりお前はまだ子供だな」 「……逆に、なんで貴方は冷静なのよ」 「なんでだろうな。もう全部終わりにするからかな」 そういえば、彼は今どこにいるのだろう。ずっと聞こえていた風の音。今すぐ死にそうな台詞。嫌な予感がした。 「俺がいなくなっても、気が強いお前のことだ。心配いらないな」 待って 「さっきの約束忘れるなよ?花束楽しみにしてるからな」 待ってよ 「じゃあな、香叶恵」 お願い。止まって 「音楽を描く楽しさを思い出させてくれて、ありがとな」 それは瞬く間のことだった。アカギの声が途切れると、ぐしゃりと何かが落ちる音と、バキッと何かが割れる音が聞こえた。 スマホからはツーツーといった、電話が切れた音しか流れて来なかった。 「……っ!」 声にならない叫びをあげた。喉が壊れるくらい叫んだ。布団を叩き落として、枕を殴りつけ、机に散乱した物たちを投げ捨てた。無我夢中だった。さっきのことを夢だと思いたくて必死だった。 気づけば朝になっていて、泣き腫らした顔と、カラカラに乾いた声は悲惨なものだった。 何を思い立ったのか、放心状態のままリビングへと向かい、すぐさまテレビの電源をつける。 目にしたものは、先程の“現実”だった。夢ではなかった。あれだけ一緒にいたのに、離れる時は一瞬だった。皇は泣き崩れた。彼がいない世界はこんなにも空虚なものだったのか。 ―数ヶ月後― 精神状態がいくらかマシになった皇。彼との約束を守ろうと花屋に来ていた。目に付いた花を適当に取り、花束としてラッピングしてもらう。 少し重たい足取りで着いた先は、コンビニ裏。彼と約束した場所、約束した物を持って一人佇む。 「私も、音楽を作る楽しさを教えてくれてありがとう」 地面に置かれたパンジーとユーカリの花が、風によって静かに揺れている。アカギとここで過ごしたのは、長いようで短かった。呆気なく終わった戯れが、今も皇の心を蝕んでいる。 「私もそっちに行ったら、今度は二人だけの音楽を作ってくれる?」
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