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夜のコンビニ裏、そこで待ち合わせるのが私たちの暗黙のルールとなっていた。
初めて会ったのもそこだった。店員の私と不良の貴方。いつかの夜。貴方は仲間たちとコンビニ裏に集まり、煙草を大量に吸い、ゴミを放置したり、バイクのエンジン音を響かせたりと、迷惑行為を繰り返していた。
もちろんクレームが入り、対応する為に、嫌々ながら私はその場に向かった。一言注意するだけで後は店長に任せようと思った。いざ外へ出てみると、下品な笑い声が裏側から聞こえた。
「集まるなら他所でやってくれませんか」
思考よりも声が先に出ていた。もちろん、怪訝そうな表情をする不良たち。舌打ちをし、こちらを睨みつける。
「興が冷めたわ」
一人の男が言った。そいつが今の貴方。悪かったな、そう一言残して背を向けて歩いていく。仲間たちも不満そうにしながらも続いて去っていく。
言えば理解出来るほどの知能は持ち合わせていたんだなと思った。
しかし、その翌日も貴方は来ていた。仲間はおらず、一人だけだった。
「今日はただの買い物だ。そう睨まないでくれよ」
本当にただの買い物か、私は疑った。何故ならお酒と煙草が彼の手に握られていたから。またコンビニ裏で問題を起こされたら、店の評判に関わる。
私は、会計を終えた彼の後を着いて行った。すると予想通り、コンビニ裏へと歩いていく姿が見えた。
「お嬢ちゃん、それはストーカーだぜ?」
足音で気づかれたのか、彼はこちらを振り返り話しかける。
「貴方がまた問題を起こさないか見に来ただけよ」
「はは、そんなに信用ないか」
「当たり前よ」
「……今日は諦めるよ。その代わり少し話さないか?」
彼は言った。が、私には理解出来なかった。迷惑行為をしない代わりが男と話をすることなんて、私になんのメリットもないからだ。いや、これ以上問題を増やすことがないのであれば、それはそれで良いのだが。
「私まだ仕事があるんだけど」
「この時間はほとんど人が来ないだろ?」
確かに、夜も寝静まるこの時間。出歩く人はあまりいない。しかし、コンビニ店員と不良がコソコソと会話をしているのはどうかと思う。
私の沈黙を肯定と受け取ったのか、彼は私の腕を引き寄せてパーキングブロックへと座らせた。
「ちょっと……!私話すなんて一言も……」
「いいじゃねえか。少しの間だけだ」
彼は何を考えているのだろう。不良のくせに物分りが良かったり、ただのコンビニ店員に絡んだりして……。
「すめらぎって珍しい名前だな」
名乗ってもないのに、どうして……。そうか名札か。私は一瞬で理解した。私が着ているコンビニ制服には胸元に名札が付いている。
「皇帝の“こう”って漢字なの。強そうでしょ?」
正直私はこの苗字が好きだ。だから名札に名前を書かれる時も漢字が良いと店長に頼んだのだが、「珍しい苗字だから、お客さんが読めないと困るでしょ?」なんて言われた。客に呼ばれる機会なんてまったく無いし、別に良いのではと思うのだが、店のルールだろう。粘っても仕方がないと思い、渋々制服に腕を通したのを覚えている。
「貴方はなんていうのよ」
「俺はアカギだ」
なんとなく、彼らしいと思った。漢字はわからないが、ただ響きが彼に合っていた。たった三文字の言葉が私の頭を反芻する。
「皇は毎日ここにいるのか?」
たった今名乗ったばかりなのに、馴れ馴れしいと感じた。それに、ここにいるとは……?仕事に出ているということか。なんてわかりづらい言い回しなのだろう。
「まさか、週五よ。毎日出勤していたら休まらないじゃない」
「それもそうか」
「貴方は仕事何をしているの?」
「音楽関係だ」
意外な回答だった。失礼だけど、とても業界にいる人とは思えない風貌だったからだ。もっと言えば、職をもたない暴走族かと思っていたくらいだ。
「そう、昨日の人たちも同業者なの?」
「アイツらはただの飲み仲間だ」
そう言って、彼はスっと目を細めた。
「昨日は、みんなタカが外れてな。飲みすぎたんだ。許してくれ」
「怒っているわけじゃないわ……。ただクレームがきたから対応しただけよ」
「そうか」
「貴方は、素直に謝れる人なのね」
「ここに来れなくなるのが嫌だからな」
そんなにこの店を利用しているということだろうか。私は一度も見たことはないが……。愛用している店に行けなくなるのは、確かに気持ちが沈む。少し彼に同情してしまった。
その後も、私たちは他愛ない話をした。最後に「また来るよ」と言い残して彼は去っていった。温くなった缶ビールを片手に。寂しそうな背中を私は静かに見送った。
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