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「咲良くんはさっきから何を唸っているんですか?」
開けっ放しにしてあったドアの前に立ち、ご主人様が呆れた顔でぼくを眺める。
ミッドナイトブルーのシルクのパジャマに包まれたご主人様からは、濡れた感じが漂う。シャワーを浴びた後なのかな? さわやかなシトラスの香りがする。
「まだ用意できてないんですか?」
しょうがないなぁと言うようにソファを横切って、ぼくに近づいてくる。ぼくは泣きそうになりながらご主人様に助けを求める。
「ご主人様のが入らないんです!」
「私の? 私のって、なに?」
「ご主人様の枕!」
そう。ぼくは今、到底閉まりそうにないスーツケースの上に乗って、力任せに蓋を閉めようとしていたところ。
困り果てたぼくの手を取って立たせてくれながら、反動でパックリと開いてしまったスーツケースの中を覗き込んだご主人様がまたビックリする。
「何でまた……枕?」
枕はこの間通販で買ったやつ。お疲れ気味のご主人様に少しでもゆっくり休んで欲しくて、テレビ通販で【ハーブ入り安眠枕】を買ったんだ。
ご主人様はそれをとっても気に入ってくれて、『もうこれじゃないと寝られない!』って言ってたから。
あとは、アレッシィのエスプレッソメーカーとフィリップ・スタルクの銀のジューシー・サリフ。それにご主人様が出張でロンドンに行ったときにフルハムロードのコンランショップで買ってきてくれたお揃いのエスプレッソカップ。それから……
「咲良くんこれって」
「この枕じゃないとよく眠れないって、この間の出張のときに言ってたから。だからこれは絶対持っていかないと。でもこの枕大きくって」
笑われるかと思いきや、ご主人様は真剣な顔でスーツケースの中身を覗き込む。
「他のものは?」
「朝はぼくの煎れたエスプレッソを飲まないと目が覚めないって言ってたし、ジューシーサリフはご主人様の好きなミモザを作るときに必要だし、お揃いのカップはぼくの宝物‥‥‥」
言い終わらないうちに、不意にぼくの身体がご主人様の力強い腕に抱きしめられた。
「ありがとう‥‥‥」
えぇ?! だ、だ、だ、抱きしめられてる?!
金魚みたいにパクパクしながら、呼吸困難になりそうなほどぼくはどぎまぎする。
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