背後からこんにちは

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 朝、担任がこのクラスの『あいつ』が行方不明になったと言った。多少ざわついたものの、嫌われ者だったから大して心配もされずに日常に戻った。  『あいつ』は素行の悪さを反省して自ら消えたんじゃないか?  そんな事を言う生徒もいた。  悪い事件や事故と考えるより、そちらのほうがよほど気楽だ。だから、みんなそれを信じることにした。  次に『あいつ』が話題にあがったのは、昼休みになってからだった。 「あいつ、どうせ反省してないと思うんだよね」 「昔、彩花をイジってたやつでしょ?」 「悪行晒しちゃう?」  面白おかしく話す友人たちに、彩花はあやふやに笑う。確かに『あいつ』は彩花に嫌なことをした。  彩花の書いた自作の小説を晒し上げ、こき下ろし、鼻で笑った。彩花は今でも嫌いだった。でも、目の前で『あいつ』を完全悪として語る友人の気味の悪さにも吐き気がしていた。  友人たちのそこに彩花はいない。ただ悪人を責め立てたいだけ。悪態をつく許可を出された悪者を見つけて、喜んで唾を吐きつけているだけ。 「あいつ、死んだよ」  彩花は微笑んで、友人に伝える。 「えっ、うそ?」 「誰に聞いたの?」  友人たちは嬉しそうな顔をしていた。 (よく見せてほしい)  一方で彩花の顔はそう語っていた。嫌われ者の死を知った時の表情も態度も、よく見せてほしい、と。もっと喋ってほしい。どんな言葉を使う? (わたしは、それを物語にしてあげる)  なんでも吸収して、それを文章にして表す。綺麗事ばかりではつまらない。 (全部書いてやる)  『あいつ』が馬鹿にした小説という創作活動の糧になってもらおうとしている。彩花の発言にわざとらしくたじろぐ友人たちの、その、好奇の眼差し。なんて表現しようか。アイデアが湧き出て止まらない。弁当を食べている暇なんてない。 「わたしが『あいつ』を殺したとしたら、褒めてくれる?」  さあ、こうなったら誰が悪人なのかな?  答えはリアル。生々しい事実。 (さあ教えてよ。それを物語にするからさ)  嬉々として訊ねる彩花は、何を描写するのだろうか。もはや白けている友人たちをよそに、目を爛々とさせている。どうせ、この生々しさを餌にして読者を釣るんだろう?   その先に何を書く?  可哀そうを盾にして。  私への憎しみか?  恨みつらみか?  私を死体にしておいて
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