嫌な予感(ホラー掌編)

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 課長は運転席で大きく深呼吸をした。  (嫌な予感はしていたけど)  残業で帰りがだいぶ遅くなり、課長が駅まで送ってくれることになったのだが、その途中で突然ハザードランプをつけて停まったのだ。  課長は誰もいないはずの後部座席を恐る恐る振り向いた。 「……いない」  三十代後半、二児のパパである課長のワンボックスの後部座席は暗闇に沈んでいた。 「どうしたんですか?」 「……3列目にそっくりな子が見えたんだよ」 「それは霊的な話ですか?」  小さくうなずき、課長はバックミラーの角度を調節した。何も映ってはいない。 「ちょっと落ち着きたいから、どこか寄っていいかな」 「左に曲がると駐車場の大きなコンビニありますよ」  課長はわたしの言うとおりにそのコンビニの駐車場に停めた。そして、またため息を吐きだした。 「昔話なんだけどね。一緒に飲んだ時つい、一夜を共にしてしまった子がいるんだ」  急に始まったカミングアウトに面食らったわたしは、うなずくしかできなかった。  この昔話をとりあえず聞こう。そんな姿勢が伝わったのか、課長は話を続ける。 「そしたら本気にしちゃってさ。離婚しろっていうんだよね。奥さんにバラすってさ、脅されて。大喧嘩になってね。ちょうど、こうやって車で送っていっている時だった」 「そうなんですか」  課長はわたしの相槌に静かに微笑み、戸惑いを見透かすようにじっとこちらを見つめた。 「その子は郊外の、結構な田舎に住んでいたんだけど、大喧嘩の末、送っていく途中の山の中みたいな道に置き去りにしたんだよ」 「置き去りですか」 「ついカッとなってね」 「ひどいですね」  バツが悪そうに視線を外し、課長はハンドルにうつぶせる。 「ひどいことをした。わかっているよ。俺が悪いんだ。次の日からその子は出社しなくなり、姿を現さないまま退職した。その子の同僚がいうには、病気だって。それから数年後、亡くなったときいていた。それなのに」  わたしは思わず顔がひきつる。 「もしかして、そっくりな子って」 「そうだよ。今、後部座席に座っていたんだよ」 「まさか」  そんなはずがあるものか。わたしは思わず笑っていた。 「気のせいですよ」 「いや。お前のことを睨んでいたのかもな。俺が可愛くて若い女を助手席に乗せているから」 「怖いこと言わないでくださいよ」 「怖いなら、お前の家に泊まってあげるけど」  課長の手が伸び、わたしの肩にトンッと乗った。 「あ、大丈夫です」  すぐに答える。でも肩の手の圧はそのままだ。 「ちなみにですけど」  わたしは課長の顔を下から覗き込む。 「その彼女、ショートカットで左目の下にホクロ、あります?」  肩の手はあっという間に離れた。課長の顔色が変わる。 (ああ、やっぱり)  嫌な予感は当たるものだ。 「その子は後ろにはいませんよ。課長の運転席の下にずっと居ますから」  課長が視線を自分の足元へ移すと、膝の間からは白い手が這い出てくる。太ももに爪を立てられ、スラックスには小さな皺が寄った。  課長は情けない悲鳴をあげた。それを白々しく聞いていた。 (後ろにはいないってわかっていたし。本気で怖がるわけないのに)  わたしは助手席のドアを開け、何事もなかったように降りた。 「ここで大丈夫です。課長、ありがとうございました」  返事は待たずに扉を閉め、白い光に満ちたコンビニへと向かう。お気に入りのグミを買った後、わたしは無事に帰宅した。  課長はーー明日にならないとわからない
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