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仏壇返し~弁護士・忠義正成の事件簿①(SS・隆くんシリーズ)
「お袋の財産がないとはどういうことだ!
親父が死んだ時、財産は一人息子のオレと折半で、お袋は現金でその分オレに支払って、家を売らずに残したはずだ。だからお袋が死んだ今、この家と土地はもうオレのものだ。他に親族はいないんだから」
男の怒号が響いた。ここは都内の一室。ドアには忠義正成法律事務所と書かれている。
「その通りです。旦那様亡き後、家を手放さなくてはならないと泣くお母様に、あなたに支払うお金を無利子で用立てたのは、隣に住んでいた菊蔵さんでした。
菊蔵さんが亡き後、お母様は、ご自身の命が長くないことを知ると、『あのバカ息子にだけはびた一文残さない』とおっしゃり、全ての財産を処分し、現金に変えて寄付をすることにしたのです。
今までご実家に住んでいたのは、不動産会社のリースバックを利用して、毎月の年金の中から家賃を払って、爪に火をともす用にやりくりされていたからです。
よってお母様は全くの無一文。葬儀もせず、不動産担当だった加藤隆くんと私の立ち会いのもと、焼き場でお骨となり、ここにおられます。四十九日まで不動産会社の無縁仏を預かる部屋で供養して、旦那様と一緒のお墓に入る予定です。
死後、ボロボロの布団や私服、私物は全て消去処分されました。今残っているのはこの小さな仏壇だけ。
『もし息子にこの仏壇を守り、両親の供養をする気があれば渡すように。その気がないなら、土地を買い取った不動産屋で無縁仏として、供養をしてください』と遺言されています。もし仏壇を引き取り供養していただけるなら、私の未払いの弁護料も同時に請求させていただきたく……」
「もらえるどころか、取られるだと?冗談じゃねえ!遺産相続は放棄する」
そういうと、男は部屋を飛び出し逃げていった。
「やっぱりな。じゃあ隆君、後はよろしく。書類上君に贈与された形になってるよ」
「うん。うちの不動産会社、社長の方針でそういう人のための供養する専用部屋があるから、そこで預かるよ。
定期的にお坊さんに来てもらってお経も上げてるし、僕も毎朝お花のお水変えてお線香あげてる。
一応息子さんに、『気が変わったらいつでも仏壇はお返しするから其れまでお預かりします』って伝えておいてね」
そういうと、隆は「えらく重いなあー」と言って、仏壇を車に積んで帰って行った。
◇
「やっぱり千草ばあちゃんの思った通り、息子の奴、仏壇引き取らなかったのか」
座敷わらしの大吉がため息をついた。もとは死んだ菊蔵じいちゃんの家に住み着いていて、今は隆君の友達になった福の神だ。(*注)
「仕方ないよ、せめてうちで供養してあげよう。菊蔵さんの隣だから寂しくないよね」お線香をあげながら、隆がそう言った。
隣に住んでいた千草おばあちゃんは、死ぬ少し前に突然座敷童のオイラが見えるようになった。死期の近い者には時々あることだ。
菊蔵じいちゃんとの思い出話をするうちに「どうしてもあの息子に財産を渡したくない」と千草ばあちゃんが言い出した。
それで、菊蔵じいちゃんの専属弁護士をしていた忠義正成を呼んだ。彼は依頼主の願いをあらゆる方法を使って叶えると言う弁護士で、ちょっと危ないが、悪いやつじゃない。だって朧げながらオイラが見えるんだから。座敷わらしは心が綺麗じゃないと見えないんだ。
二人は何やら相談をして、全ての財産を現金化して寄付することを決めた。
そうしてばあちゃんの望み通り、息子には一文も渡らずにすんだのだ。
チーン! 隆が花を供えておりんを鳴らす。相変わらず良い音だ。
花は菊蔵じいちゃんの庭のもの、隆が時々水をやって世話している。
そうやってまめまめしく世話をする隆を見て、ここで供養されたいと千草おばあちゃんが願って、仏壇の贈与が決まったのだ。
隆は知らない。煤けたおりんは18金(約5,500万円)煤けた仏像24金(約一億円、人間国宝の仏師制作)引き出しは二重底になっていて、金の延べ棒が敷き詰めてある。
忠義正成が言っていた。
「もし息子が気づいて売ろうとしたら、即座に遺産相続が成立し、相続税がかかる。それも隠していたことで、膨大な追加税が加算されて。多分売った金の全額没収されるはずだ。
だけど、あの隆なら多分一生気づかない。どうしてもお金が必要になった時に、君がこっそり教えてやってくれ。処分する方法は僕が考える」
――そう頼まれた、でもそんな日は来ないだろう。
おりんは、ただのおりん。仏様は仏様として、毎日隆に世話されて線香に燻され、ますます黒くなりながらここで静かに過ごすのだ。
【後書き】
ちょっと思い付いてヒョイと書いてしまいました。隆君が絡むと何故かそうなる。
(*注)2人の出会いについてはSS「レンタル座敷わらし始めました」をお読みください。
もう一本SS「名無しの二人」の死神と閻魔様を合わせて「死神フラグ立ちました!」と言う、軽い連作ミステリーものを描くアイデアがあるのですが、最後のキャラクター、弁護士忠義正成が出てしまい、「扶桑樹の国」があまりに難航して(資料が集まらない!)書くに書けないため、気晴らしに書きたくてむずむずしているのです。
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