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名前のない物語
悪魔、魔女、それは空想上の存在にすぎないが、真実は違った。
今から遥か昔、悪魔や魔女は存在していた。
不思議な力、今で言うところの魔法が使えた子供は地球に生まれた人間。
その子こそが魔女誕生の始まり。
彼女がまだ赤子だった頃、力の制御などできるはずもなく、突然歪んだ空間から人間ではない異形の者が現れた。
後に悪魔と呼ばれるその異形は、小さく幼い赤子に愛情を抱き大切に扱った。
赤子の両親も最初は人間と異なる姿に驚き震えたが、自分の子供に接する姿を見るうちに無害だと理解する。
だが、そう思わない者もいた。
人は自分と異なるものを恐れる。
まだ幼く小さな赤子だからと警戒していなかった村人は、その子が呼び出した異形とその子自身の力に恐怖を覚えた。
「魔女狩りだ」
松明を持った村人達は、赤子の家に火を放つ。
これで村の危険は去ったと喜ぶ人々。
小さな赤子を腕に抱き、空から炎を見下ろす異形。
「両親の分まで私がアナタの面倒を見よう」
異形の指が赤子の額に触れると、ふわりと光を放ち歪む空間。
魔界に続く道へと消えていくその背に誰も気づかない。
その後、異形は赤子の親代わりとなり育て続けた。
年のとり方が違う異形とは異なり、日に日に成長していく赤子はあっという間に十になるが真実はまだ知らない。
この子にとっては魔界が自分の生まれた世界で異形が自分の親。
「私には名前はないの?」
同じ年頃、といっても相手は悪魔のため遥かに歳上なのだが、どうやら自分に名前がないことを不思議に思ったらしい。
その成長を嬉しいと思う反面、真実を話す日が近づいてきているのだと感じ異形の胸はキュッと締め付けられる。
「名前ならあるだろう」
「赤子は名前じゃないって言われたよ」
どうしたものかと悩んだとき、今人間界で特殊な者が生まれ名前がつけられていることを思い出す。
「魔女……」
「魔女?」
聞いた話では、この赤子と同じような力を持って生まれた子が今の人間界では何人かいるらしく、その者達を指す言葉らしい。
流石にこれは駄目かと思った異形だったが、キラキラとした瞳が気に入ったことを主張している。
「わーい! 私は魔女ー。じゃあ、アナタは?」
「私か? 私は……悪魔」
魔女と出会うまで、一人孤独に生きてきた異形に名前などない。
悪魔という言葉も魔界の住人のことを指すものだが、二人には元々名前などないのだから呼び合うのにわかる言葉があればそれで十分。
そう思っていた悪魔だったが「悪魔、悪魔! 悪魔大好き」と言った魔女の言葉が胸に染み込むのはなぜなのか。
魔女には両親がいたから名前があったのかもしれない。
それでも、適当につけた「悪魔」と「魔女」の名を嬉しそうに呼ぶ度に心がポカポカとする。
これも、魔女が使う魔法なのかもしれない。
真実を話したとき、魔女はどうするのか。
もし人間界に戻ると言ったら悪魔はどうするのか。
魔女が決めた選択なら、きっとなんであれそれを受け入れるだろう。
彼女が道に迷うことがないように、泣くことがないように、側で見守りながらいつか来るその時を待つ。
《完》
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