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地雷&不穏
だぼっとしたルーズなパーカー。
チラリと見えるフリルのついた可愛らしいミニスカート。
その裾から覗くほっそりとした白い足。
148cmというこぢんまりとした背丈。
血色の悪そうな真っ白な肌。
吊り目で睨みつけるような、真っ黒な瞳。
きゅっと結ばれ、肌の色に反し真紅に塗られた口元。
そして、艶やかに黒光りする、高いツインテール。
ーーーーそんないわゆる「地雷系」ファッションは、時に見る人を和ませ、時に恐怖の底に突き落とす。
その少女は常にスマートフォンを片手に、もう片方の手で長い後れ毛をいじりながら、街を歩いていた。
その姿は地雷系JKじょしこうせいそのものであった。
町中の人々がヒソヒソと話す声が聞こえる…
「ねえ、あの子可愛くない?」
「可愛いけど、あれはちょっと…」
「うわー、俺苦手なタイプかも」
「何言ってんだよ、選りすぐりしてたらいつまでも彼女できねえよー?」
彼女…それは違う。
何を隠そう、か弱く見えるその少女は、ゴリゴリの男なのだ。もちろん、つ・い・て・い・る・。
年齢不詳、見た目は地雷系JK、声も体も脳みそも、完璧に男。
トレードマークの黒い大きなツインテールと派手なピンク色のシュシュを街なかで見つけたら、それは彼女…ではなく、彼である。
堅いことは嫌い。辛いものは嫌い。ありきたりは嫌い。つまらないのは嫌い。
そして甘いもの、面白いこと、悪戯が大好きである。
しかし、彼にはある悩みごとがあった…
おいしそうなデザートは食べ尽くしたし、大抵の人物はあそぶにしてつまらなすぎる…
退屈だあ…
*
彼はいつも街をほっつき歩いている。
そんなことをして、ちゃんと仕事をしてるかって?
もちろんだ。彼にとって街をほっつき歩くのはただの散歩や気晴らしではない。
不動産屋の社長として、莫大な資産を築いたりしてるのだ。
常に土地や人を見極めるために、街で景気や人間(あと甘いスイーツ)を見極めることも大切だ。
とはいえ、そんな固いことをいつもしているわけではない。彼は仕事もファッションも楽しむことを欠かさない。
周囲の視線も、羨望も批判も中傷も、彼にとっては心底どうでもいいのだ。
そうして彼は、彼の経営する不動産会社の建物に入って行った。
「地割さん、散歩はどうでした?」
「うん、楽しかったよー。すごく平和な感じ。じわる。」
「一応仕事の一つなのに、ちょっと感想が浅すぎません?」
そう呆れたふりをするのは、アルバイトで事務所内の掃除や給水、書類の整理をする高校生の本物のjk、鴉目(からすめ)くろである。
黒いボサボサの髪を低いところで雑にまとめた姿は、とてもじゃないが思春期の女子とは思えない。
「くろちゃんこそ、仕事なんだからもうちょっと身なりちゃんとしたらー?」
「えへへ、すんません…」
社員は社長である彼ーーー地割雷(じわりらい)を含む8人。かなりの小企業である。
「そういえば、先程社長宛の電話がかかって来ましたよ。新しい契約の話みたいです。今日の午後16時にこちらにいらっしゃるって」
「りょ!」
雷は早速、くろの出した紅茶を飲みながら、資料に目を通し始めた。
*
午後16時。
新しいクライアントがやってきた。
スーツに身を包んだ中年の男と、若い女である。
「初めまして。先ほど電話した蝶野というものです」
「こんにちはっ」
雷はミニスカートの裾をちょっとあげ、右手で後れ毛を耳にかけながら挨拶する。これでも彼にとってはだいぶ丁寧な挨拶である。
その奇抜な格好に、大抵の客は驚き、或いは無礼だと怒り出す者もいる。それから、その中身が男であることを知ると、さらにポカンと口を開けるのである。
その男ーーー蝶野も、同じように驚くそぶりをしたが、それほど問題だとは感じず、すぐににこにことした表情に戻った。
*
ーーー契約の話は無事に終わった。
紅茶を啜りながら、雷は考えていた。
ーーなんか面白いこと起こるかもな…
「さっきの人からの茶菓子です」
くろが重厚な箱をテーブルに置く。
「あ、ありがとー」
箱を開けると、ミニケーキのようなものがたくさん並んでいた。甘いものに目がない雷は、パッと顔を明るくした。しっかり丁寧に箱を調べる。二重底ではない。やましいものも…入っていない。
にこにこしながら頬張っていると、くろが尋ねた。
「どんな話だったんです?」
「ん、なんか新しく開業するクリニックの土地の話だって」
「へえ…」
くろはいまいち分かっていなさそうな顔で頷いた。
いや、あんま言わないほうが良かったかな。まいっか。
社長椅子に腰掛けていた雷は、事務所の窓を少し開けた。涼しい秋の空気がしけった事務所内に入ってきた。
爽やかな風が、事務所の窓から見える真っ赤な夕日を揺らしていた。
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