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お面が顔になったのは約十年前、私が六歳で兄が二十歳の時だ。
兄は、ある日突然病院に搬送された。しかも、数週間の入院まで――と言っても、全て聞いた情報でしかない。
当時、幼稚園生だった私は、詳細を一ミリも教えてもらえなかったのだ。
「今日からしばらく、ばあばのお家にいようね」
なんて下駄箱で告げられ、祖母宅に強制連行。翌日、母から電話で、表面だけの説明を聞いた。
「お兄ちゃんが病院にお泊まりすることになって、お母さんお家あんまり帰れなくなるから、おばあちゃん家でお利口さんしててね」
無論、幼い頭に事情を探るなんて器用な技はない。病院と病気、入院と死のイメージが密着しており、ただ泣きじゃくった。
母は時折尋ねてくれたが、真実は伏せられ続けた。兄の欠片一つない生活は、心細くて仕方がなかった。
なのに、私が家に帰れたのは、一生懸命数え続けて百七十五日――約半年後だった。
その時、既に兄はお面の人になっていた。
*
触れてはいけない何かがある。そう子供心に察した。心を説き伏せ封印を決し、複雑な心持ちで生活を再スタートさせた。
最初は対面の度に戸惑ったものだ。しかし、変化が顔だけだったことで、意外にもすぐ慣れた。兄じゃない誰かだったら――と入れ替わりを恐れていたのかもしれない。
ただ、一度だけ、封印を揺らがせる出来事があった。
「こんな顔、絶対誰にも見せられない! 母さんだって、本当は気味が悪いと思ってるんでしょ!」
そんな嘆きが、兄の部屋から聞こえた時だ。赤と青を併せ持つような、経験のない声色――美しいままで描いていた兄の顔が、醜く崩れた瞬間だった。
以降、私はずっと思い込んでいた。兄の顔は、重い病気で怪物のようになってしまったのだと。
けれど、少し違ったのかもしれない。
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