僕の大切な物

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 蓮は昔のことを思い出した。 「蓮くん! はい! これ誕生日プレゼント!」  蓮の目の前には小さな鉢植えが一つあった。妹が持っている鉢植えには新芽が出ていて、青々とした眩しい光を放っている。 「え? プレゼントが、これぇ?」 「お婆ちゃんと一緒に選んだんだからね。良いじゃない、たまには蓮くんこういうのに(いそ)しんだ方がいいよ!」  鉢植えを渡され蓮は戸惑った。 「勤しむなんて難しい言葉をよく知ってるなぁ」 「じゃあ私はもう行くから、蓮お兄ちゃん! 大事に持って帰りなよ!」  妹は笑顔でそう言うと、町の人混みの中にまみれて消えていった。  (れん)は夢を見た。  どこかの駅にいる。目の前の階段を上りきるとそこには蓮の祖母が立っていた。射し込む日の光が、その人だけを照らしてるように見える。 「ここでなにしてんの?」  話しかけても蓮の方には振り向かず、視線はじっとホームの先の線路を見つめているようだった。 「……人を探してるんだよ」  視線をそらさずにやっと答えた声は、機械的な冷たい音に聴こえた、あるいは独り言のようにも。そこへ電車が入ってきた。  電車が停車しドアが開くと彼女は蓮には目もくれずに電車に乗っていく。蓮は必死にそれを追いかける。  車内は人と荷物だらけでかき分けて歩くのもやっとで、蓮の祖母は空いてる窓側の一人掛けの席を見つけた。そして、手前に置いてある誰かの荷物を(また)いで座った。  その視線は相変わらず蓮へ向けちゃくれない。窓の外を見つめて少し寂しげだ。想い人に会いたい、でも何処にいるのか分からない。そんな感じだった。 「どちらに行かれるんですか?」  祖母の正面に座っている少女が、不意に祖母へ訪ねてきた。 「じいちゃんに会いに行くんだよ」 「○○君を置いて?」  少女が言った名前は聞き取れなかったが、蓮は僕のことなんじゃないかと直感的に思った。 「ああ、あの子ならもう私が居なくても大丈夫だよ、しっかりした子だからね」  蓮が疎外感を覚えたのはここからだった。そうか、僕はこの夢の中の登場人物じゃなくて、外からこの誰かの夢を見ている感じなんだと。 「そんなことないと思いますよ。彼はいつも強がってるし、実は心の中でずっと泣いてるんだと思いますよ」 「ごめんね……でも、私は行かなきゃならないからね。じいちゃんを一人にさせられないんだよ」 「お婆さん……」 「だから、はい、これ……」  祖母が手荷物の中から取り出したのは一つの小さな鉢で、青々とした芽が一つだけ出ていた。 「あの子と一緒に育てて……。お願いね」  正面の少女に眼差しを向けて祖母は、外に視線を戻した。やがて電車はトンネルに入り、暗闇に包まれた。 「私は……もう」   蓮はそこで電車に揺られながら目を覚まし、車内を見回した。  この時間帯は若者が多い。若者と言っても、多分蓮よりは年上の若者だ。男女ともに明るく染め上げた髪の色を光らせ、男は胸と見栄を張り、女はメイクに(いそ)しんでいる。  こういう光景を毎日目にしていると、見た目が若いかどうかなんてそんなに大きい問題じゃないという気持ちに蓮はなってきていた。  ただ若いとか年老いてるとか、そういう表面上の問題ばかりを見るんじゃなくて、人間中身をしっかり見極めなくてはいけない。  例えば、ちゃんと今を生きているかどうか、心が育っているかどうか。  ふと窓の外に目を向けると、蓮の目には貨物列車の〝桃太郎〟が走って来るのが見えた。 「あ、かっけ~」  思わず声が漏れてしまった。蓮は幼い頃から電車が大好きで、特に貨物列車は高校生になった今でも鉄道模型を集めるくらいの、いわゆるオタクレベルに好きな物でもある。  蓮はふと前を気にした。どこかで見た覚えのある女の子がいつの間にか前の席に座っている。 「あ、あれ? 君は?」  蓮は反射的に驚き、思わずその子へ声をかけてしまった。 「良かった。やっぱり……蓮君」 「なんで俺の名前を? 君は……あっ! 俺の夢に出てきた!!」 「夢?」  咄嗟に出てしまったけど、〝夢〟なんて非現実的なことで、こんな 「いや、何でもないよ」 「そうですか……それより、はい、これ」   少女が差し出したのは、さっきの夢の中で見た小さな鉢植えだった。さっき夢で見た時は新芽に葉二枚だけだったが、この目の前のものは葉が四枚まで育っている。 「今でもちゃんと育ててますか?」 「あっ、これって……」 「それ、あなたのお婆さんから預かってました」 「お婆さん? 僕のお婆ちゃん?」 「ええ、そうです」 「なんで君は僕のことを知ってたの? それにお婆ちゃんのことも」  その時、彼女が髪をかきあげたその仕草、その表情は何処かで見た覚えがあるものだった。蓮は妙な懐かしさを覚えた。 「一目見て、今のあなたが蓮君だと思いました。私はお婆さんとは昔からの知り合いで……というより」  蓮は話が噛み合わないと思ったが、彼女の話し方や仕草が蓮にはとても愛おしく感じられた。    ふと気が付くと、蓮の目の前に少女の姿は無かった。蓮はいつの間にかまた眠っていたようだ。  蓮の手元にはあの一つの小さな鉢植えがあって、花が咲いている。綺麗な赤い花。  そういえば、蓮は「祖母から預かっていたのは僕だった」と思い出した。  ちゃんと育てているかどうか……、蓮は密かに妹のことを思い出した。そして、「ああ、あの子は僕の妹だったんだ」と今更ながらに思い出した。妹から「蓮くん蓮くん」と呼ばれていたことも思い出した。  あれから何年かの時が経っていたんだって……何回目だろう、この花が咲くのは。    秋の幻へと消えていった彼女達の面影は、いつまでも蓮の中に残っている。
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