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静かな店内に電子音が響いた。すぐ智哉はジャケットからスマホを取り出し、確認した。彼の顔が急に朱に染まった。
「ごめん。探してた本が届いた。今日はこれで帰るよ」
智哉は謝罪を口にしつつも、スマホから目を離さなかった。
智哉が去った後も、私と瑞希はやはり本の話を続けていた。そんな会話の間にポツリと瑞希がこぼした。
「智哉くん、詩織の事、好きだよね?」
あまりにさらっと言われると、上手い返しなんて出来ない。私は眉間に皺を寄せ、考えるフリをした。
「なんかさ、匂わすような事、無いの?」と瑞希はさらに言った。
「いや、無いし」と私は返した。嘘だ。夜に2人きりになった時、『月が綺麗ですね』と言われた。
『月が綺麗ですね』は愛の告白の言葉らしい。夏目漱石が考えたそうだが、俗説とも都市伝説とも言われている。その時、私は意味に気づかず「えっ?月、見えないけど」と返したのだ。
マンションに着いた時、私はその事に思い当たり、パニックに陥った。じっとして居られず、歩き回り、独り言を言いまくり、さらに叫んだ。鏡に映った私の顔はにやけて弛み切っていた。その姿を見た時、独り暮らしで良かったと心底思った。
その後、智哉からアプローチめいた事は無く、こちらからアクションを起こす勇気も無く、宙ぶらりんな状態だ。もう私の事は本仲間としか思っていないのかもしれない。それ以前に『月が綺麗ですね』には意図も意味も無いのかもしれない。
でも。私の智哉への意識は少しずつ育っている気がした。
「ふふ。まあいいや。今日のオススメは何?」と瑞希が言い、話は本に戻った。
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