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それからというもの、ケビンはあまり一階の居間には滞在しないようにしていた。
ケビンは元々、人付き合いが上手くないのだ。
大好きなデイトナーズ一家四人だからこそ、他人が自宅内に居てもなんとか過ごすことができているが、他の人だったらきっと一日と持たなかったであろう。
三階に引きこもって、餓死してしまっていたと思う。
なお、リーンハルトはケビンにとって空気のような存在なので、人間にカウントしていない。
ケビンは毎日、早朝に朝昼晩の宅配弁当を頼み、届いた弁当を、ありとあらゆる隠し通路を使って、四人の目に触れないようにしながら、こっそりと入手する。
弁当を手にする際、四人の生活感を確認して、ニッコリ微笑むことは忘れない。
そして、入手した弁当を三階の自室で食べたら、床にポイっと弁当ガラを投げるのだ。
「ケビン様!」
「わぁ!」
そうして過ごした三日目の昼、リーンハルトが激おこ状態で背後に立っていた。
「邸内のゴミを増やすなと言ったでしょう!」
「ここは三階だぞ。私の部屋だ。自分の部屋の中は好きにしてもいいじゃないか」
「弁当を一階から持ち出すのは禁止です! でないと配達弁当を禁止しますよ!」
「えぇ……そしたら、三日に一食になっちゃうだろ。お茶もなくなるし。流石に死ぬと思う」
「三日に一度しか外に出ないのが問題です」
「面倒だから外に出たくないんだ。この間だって、実験したかった杖を落としちゃったし、外はいやだ」
「知りません。とにかく、生ゴミ増量だけは許しません!!!」
リーンハルトにゴミ袋を差し出されて、ケビンはしょんぼりしながら、この三日分の弁当ガラを袋に詰めていく。
空の麦茶ポットを三つ抱え、隠し通路越しに居間へと足を運ぶ。
すると、デイトナーズ公爵家の四人が居間で机を囲んでいた。
机の上には、なんだか黒ずんだものが載った皿が幾つも置いてある。
「……こんにちは」
「ハッ。ケレンスキー侯爵!」
「どうしましたか?」
なんらかの儀式なのだろうか。
そう思いつつ、彼らに尋ねると、彼らはツウと涙をこぼし、その場で床にぺしょりとくっついてしまった。
「どうしましたか!?」
「わ、私達は……生きる価値もないクズなのです……」
「またまた。先週まで生きてるだけで崇められる公爵だったではありませんか」
「ガハァッ」
「アナタァーー!」
「いやぁああお父様ぁああー!」
「父上ーーー!!!」
「ああっ、吐血するだなんて、なんてことだ。まだ先日の怪我が治っていないんですね!」
「いや、これの原因はあなたですよ、ケビン様」
「訳のわからないことを言うな、リーンハルト。大丈夫ですか、ダニエルさん」
「ううっ、この川を渡れば、楽になれる……」
「大変だ。とりあえず医者を呼ぶか」
魔法通話器で医者を呼んだケビンは、ゴミ袋を放り出し、いそいそと四人のいるテーブルの近くの床に腰を落ち着ける。
彼の背後では、ゴミ袋の行末を見たリーンハルトが目を吊り上がらせている。
「それで、どうしましたか? この黒いものは一体?」
「ウゥッ……わ、わたくし達、ケレンスキー侯爵にお礼をしたくて……」
「え?」
なにやら、四人はここ三日で、この生活に代償がないことに薄々気がつき始めたらしい。
そして、義侠心あふれるデイトナーズ元公爵一同は、感謝の意を示さねばと奮起したそうだ。
今日の昼ごはん代としてリーンハルトからもらったお金で食材を宅配購入。
ノリノリでキッチンに詰めかけ、豪勢な食事を作ろうと、腕を振るった。
そして気がついた。
この四人、生粋の貴族なので、誰も料理をしたことがないのである。
「料理は、愛情だ!」
元公爵ダニエルは、燃え上がる想いと共に、スクランブルエッグに酒を投入し、すべてを燃え上がらせた。
「料理は、丁寧さよ!」
元公爵夫人チェルシーは、タマネギを細かく刻み、刻み、刻んで刻んで、一家四人とも目つぶしを食らったかのように悶絶する結果となった。
「料理は、味付けよ!」
長女デイジーは、タマネギスプラッシュのせいでよく見えない目をこすりながら、大量のソースや塩胡椒をスープ鍋に投入して、タマネギと共に煮込みはじめた。
「料理は、豪快さだよ!」
長男ドビアスは、取り寄せた鳥一羽に大量のオリーブオイルをかけ、内臓が入ったままオーブンに投入し、火力を最大にした。
出来上がったのは、『炭&炭 〜生焼け外焦げ鳥の炭炭添え〜』である。
「私達は、生きる価値もないのです……」
「お腹すいた……」
「ドビー、こらっ!」
シクシクと泣いている三人と倒れ伏した一人。
それを見たケビンは、心がポカポカと熱を持っていることに気がついた。
「これはじゃあ、私のために、皆さんが作ったんですね?」
「え?」
「私のために?」
「そ、そうです……」
「差し上げる料理を作る前に、まずは自分達で食べるものをと……」
「私のために!」
ケビンの感極まった声に、三人はあれ?と首をかしげる。
そして、止める間もなく、ケビンがその鳥にフォークをつけはじめた。
「!? 侯爵様、いけません!」
「危険です、そんな」
「真っ黒なんです、だめです!」
「皆さんが、私のために!! 最高の調味料です。私は幸せです」
目に涙を浮かべながら、焦げた生焼け鳥を食べるケビンに、三人はジワジワと赤くなっていく。
しかし、ケビンはそんな三人の様子には気がつかない。
大好きな四人がケビンのために作ってくれた料理という、神様からのプレゼントが、目の前にあるのだから。
「宅配弁当を四つ、追加注文しておきました。あと、二人目の医者を呼んでます」
それだけ言うと、リーンハルトはその場を去っていった。
もじもじと恥じらう三人と、涙目のケビン、倒れた一人。
この歪んだ幸せ桃色空間から、脱出したかったらしい。
そのことを、ケビンは三日後にリーンハルト本人から、病床の中で聞いた。
実はその後、ケビンは二日ほど生死を彷徨ったのだ。
新鮮でない鳥の生食は厳禁である。(本当に)
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