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1 プロローグ
四代続いたデジケイト王国デイトナーズ公爵家のお取り潰し。
それにより、放り出された領主一家は、今、とある家の前で呆然と立ちすくんででいる。
元公爵ダニエル=デイトナーズ四十一歳。
その妻チェルシー=デイトナーズ四十歳。
長女デイジー=デイトナーズ十八歳。
長男ドビアス=デイトナーズ十二歳。
身を落としたこの四人を自宅に招いたのは、ケビン=ケレンスキー。
研究者として身を立てた、デジケイト王国の一代侯爵だ。
「ようこそ、みなさん。自分の家だと思って、ゆっくりしていってくださいね」
沈黙する四人に、ケビンはニコニコ微笑む。
家が取り潰しとなり、鉱員や下女として売られる予定だった彼らの服は、粗末でボロボロだ。
早く新しい服を用意しなければならないと、ケビンはほくそ笑む。
ちなみに、ほくそ笑んでいるケビンの身なりも、相当にひどいものである。
長く黒い髪はいつ櫛を通したのかわからず、メガネは曇り、貴族用のジャケットをまとっているものの、それは着古されたもので、どうにもすすけている。
そんなケビンの笑顔に、何を勘違いしたのか、ダニエルが恐る恐る、尋ねてきた。
「な、なぜ私達を?」
「恩返しです。好きに過ごしてください」
「長女のデイジーを、嫁にでも?」
「いいえ? 恩返しですから」
「……長男のドビアスに、ご興味が」
「私にそういう趣味はありません」
「…………妻のチェルシーを……!」
「ですから、恩返しです」
「私にできうることなら、なんでも致しましょう」
「その発想から離れてもらっていいですか」
覚悟を決めた顔で近寄ってくるダニエルに、ケビンは一歩下がる。
このダニエルという男、金髪碧眼、切れ長の目にたくましい体つきが魅力的な美丈夫なのだ。ボロ切れのような衣服から、色気が漏れ出している。近づかれると、とても危険な気持ちになる。こういうときは、距離を置くに限るだろう。
「皆様、お喜びになるのはまだ早いですよ」
厳しい発言をしたのは、ケビンの家の執事リーンハルトである。
いや、これを執事と言っていいものか。
この男、ケビンの家の中にはほとんどおらず、外からたまにやってくるだけなのだ。そして、自分だけ清潔な衣服を身にまとっている。
「どういう意味でしょうか」
「その扉を開ければわかります」
言われるがままに、ダニエルが屋敷の正面扉に手をかける。
ノブを回した途端、中から大量の大型ゴミが雪崩れ落ちてきて、ダニエルはその下敷きになってしまった。
「アナタァーー!」
「いやぁああお父様ぁああー!」
「父上ーーー!!!」
「ああっ、なんてひどいことをするんだ、リーンハルト!」
「いや、これの原因はあなたですよ、ケビン様」
「大丈夫ですか、ダニエルさん」
「ううっ、この川を渡れば、楽になれる……」
「大変だ。とりあえず医者を呼ぶか」
ケビンは、いつも通り道として使っている、中庭に面した窓を通過して、居間に向かうことにした。
居間は、たまにやってくるリーンハルトの手により、この家の中で唯一清潔に保たれている場所なのだ。
ケビンとリーンハルトの手で、えいさほいさと、倒れたダニエルを運びこむ。
ダニエルの体は筋肉隆々で重たいので、枯れ木のケビンと中肉中背のリーンハルトには一仕事だった。
運び込まれるダニエルに、残りの三人も当然ながらついてくる。彼女達は、家の中の様子を見ながら、青ざめている。
そんな彼女達を横目に、ケビンはフフッと嬉しそうに笑う。
「この家のものは好きに使ってください。どれもあまり使っていないので、埃をとらなければならないのが難点ですがね。一階と二階のものは、邪魔なら捨てていただいてもかまいません。お金はリーンハルトに渡してあります。それでは」
「あの……あなたは、どちらに?」
「三階の自室で仕事をします。上がってくるには工夫が入りますので、やり方はリーンハルトに適当に聞いてください。医者は呼んでおきますので、そのうちそこの窓からやって来ますよ」
それだけ言うと、ケビンは暖炉の横の隠し扉を開け、自室へと戻った。
その足取りは軽い。
恩人に恩返しをする。
なんて気持ちがいいことなんだろう。
残された三人は、呆然としながら、居間のソファで固まっていた。
居間から見える各廊下も、高く積み上がった荷物で埋め尽くされているのだ。一つの通路を残して、先に進める気配がない。
「……風呂場への道を作らないと、地獄ですよ」
その言葉に、三人の目の色が変わった。
なお、綺麗に見える唯一の通路――トイレへの道のりは、リーンハルトが死守しているらしい。
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