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「いらっしゃいませ」
いらっしゃいませ、お客様。
今宵は月のないハロウィンの夜。手に明かりさえ持たず、この森へやって来た愚か者のあなたにこんなお話はどうでしょうか。
以前、街にこんな家族が住んでいました。父と母、祖父と祖母、そして二人の兄弟。
兄弟はまだ幼い子どもです。やんちゃな盛りで熱心に悪戯をし、好奇心旺盛で暖炉に飛び込むような、まだ幼い子どもです。どんなことをしても家族は怒りません。だって、まだ子どもなのです。しょうがないじゃないですか。
一家は裕福でした。働かずともしばらくは貯蓄した金品で生活ができるくらいには。それでも細々と働き続ける程度に彼らは真面目でした。
そう、つまり一般的な 普通の家庭です。どこにでもあるでしょう?
あなたの家と同じですよ。どこにだってある、普通の家庭。
そうです。あなたの街にある空き家の話ですよ。どこにでもあるでしょう? その昔の話です。
ある日、兄弟のどちらかが森からやって来たリスを殺してしまいました。両親は言います。
「何でこんなことをしたんだ」
子どもは笑って答えます。
「だって、邪魔だったんだもん」
両親は笑って頷きます。
「そうか。なら、しかたないな」
彼らは知りませんでした。森からやって来るリスがどれほど恐ろしいのかを。
こんこんこん
ノックを三回
鋭い爪で
あなたはだあれ
わたしはリスよ
森に棲まう
化け物リスよ
殺されたリスは歌いました。楽しそうに、それはそれは楽しそうに、リスは濁った目で歌うのです。
リスを殺した子どもはゆっくりとおかしくなっていきます。酷くお腹を空かせては赤い宝石キャンディをかじります。ガリガリ音を立てて口を真っ赤にしていたかと思うと、突然笑い出しては倒れるように眠りへと落ちるではありませんか。
もう一人の子どもは兄弟の変化に怯えて部屋に籠りました。両親も戸惑っていた時です。祖父と祖母が子どもの殺したリスの死骸を庭で見つけました。
「なんてことをしたんだ!」
古い人間は知っていたのです。森からやって来るものはどんなに小さな獣であっても自分達とは違う。森という場所は街という場所からかけ離れた別世界であり、そこでは人間の作ったルールも常識も通用しないのだと。
こんこんこん
こんこんこん
ノックを三回
耳を澄ませ
長い長い獣の耳を
扉の先には別世界
行ってはいけない
お約束
だけどお腹が鳴ってしまう
街にはご馳走
騒いでる
死骸となったリスは笑っていました。これから起こる不思議なことに潰れた胸を踊らせています。
だって世界はハロウィンの夜を間近に控えているのです。その夜のために下拵えをするのはとても有意義ではありませんか。
リスは自分を殺した子どもを呪い、祟ったのです。
さあ、ルールを破ることのできる特別な夜。ハロウィンには宝石キャンディのあめが降り注ぎます。
しゃらん、しゃらん、ふふ、楽しいでしょう? 素敵でしょう? キラキラ輝く六色のキャンディたち。私たちはその中でも赤いキャンディが大好きです。だって、ねえ。あの色は約束された血の色にそっくりなんですもの。
だからリスも大好きでしょう。あの子たちは食事する時が一番生き生きとしていますから。
呪われた子どもは変わっていきます。腕や足、顔からも毛が生え、耳が伸び、とうとう二本足で立っていられなくなりました。
子どもはどんな気持ちだったでしょう。そんなの知りません。子どもはとっくに人の言葉を話せなくなっていたのですから。
真っ赤な口から出るのは言葉ではなく意思を伝えるための音。欲しい、痛い、怖い、楽しい、もっと、もっと、もっともっと。
まさに獣ではありませんか。
そんな子どもを見て両親は手のひらを返しました。
「ああ、なんてことをしてくれたんだ! こんなに悪い子はうちの子じゃない! 化け物だ!!」
その夜、呪われた子どもは玄関から出ていきました。
残された子どもは涙を流します。たった二人きりの兄弟だったのに、彼は彼に置いていかれたのです。
どうして呪われたのでしょうか。子どもたちは殺してはいけないと知りながらもリスを殺しました。ですがそれは遊びではなく、身を守るために仕方のなかったこと。
リスは人の子を食べようと牙を剥いたのです。そして、殺された。
リスは何故呪うのでしょうか。それも、死んだ後に。
こんこんこん
こんこんこん
リスは叩く
人の戸を
中には二人の兄弟が
仲良し二人の兄弟が
リスは腹を空かせていました。それと同時に、寂しかったのでしょう。
兄弟はとても仲がよかったのです。その姿を見て、自分も兄弟が欲しくなったのです。
リスは笑いながら呪います。呪われた子どもは、やがてリスへと姿を変えるのです。そうすれば仲間ができるでしょう?
残された子どもは死骸となったリスに赤いキャンディを与えました。すると、リスの心臓はたちまち肉を得て再び動き出したではありませんか。皮を被り、毛をふさふさと生やしたリスはいそいそと森へと帰って行きました。
リスの呪いは終わったのです。
森へと帰れば、そこには人の子だったリスがいるでしょう。
そう、森のリスはそうやって仲間を増やすのです。
街の家には子どもが一人、残されました。
両親はもういなくなった子どものことなど忘れてしまったでしょう。祖父母は以前にも増して厳しく子どもをしつけるでしょう。
その家にはもう、兄弟はいないのです。
ほら、あなたの好きな赤色宝石キャンディですよ。綺麗ですね、目も眩むくらい。
好きなだけお食べなさいな。そして、これからどうするのか、ゆっくりお考えなさい。
まだハロウィンの夜は始まったばかりなのですから。
こんこんこん
ノックを三回
ドアを叩いて
帰ろう
帰ろう
ボクのうち
ああ、やっぱりあなたはそれを望むのですね。
では私は見送りましょう。
コンコンコン、ノックを三回叩きます。あなたが望む家へと帰れるように。
お帰りなさいな、お客様。
今宵は楽しく狂ったハロウィンの夜。森のリスも笑うでしょう。
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