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様々な繊細な装備付きのヘルメットを被る前、隣席〜
機長席に座った信繁は隣にいるクリスの様子を さり気なくチラッと見た
『随分〜不安そうだな』
それはそうだ
襲撃は”あるに決まってる”のだ
何故ならば特殊なルートにて『王太子がここを出る事』は既に”公表済み”
つまり囮そのものなのだ
今後この先、襲い来る暗殺者の襲撃があるのは既に確定路線、永年危ない業務に就いていた自分ですら生き残れるかどうかは正直自分だってわからない
『恐いに困ってるサ!』
心象を察した信繁はわざとらしくぶっきらぼうに話し始める
「ヘリを動かしまっちゃったら俺の場合〜
多分搭載の人工知能機能を使わずオール手動操作になる
だから作業が忙しく、まず会話どころじゃなくなる
ローターのブレードスラップのパラパラ音で状況によっては音声すら聞こえないかもしれない
だから、時間の余裕が多少ある静かなここで今言っておく」
「?……何をですか?」
「『俺の昔話を少々』ってところですかね」
信繁との会話
クリストファーは本当はもっともっと、沢山彼と話したかったと思った
あまりにも時間が足りなすぎる
今、自分と政治的信念、理想、袂を完全に分かって決別した幼き頃からの親友ウィンストンとも全然違う
『今まで誰ともこんな風に、対等に付き合った事が無かった』
名残惜しく辛い後悔しかなかった
本当に心残りで、仮に自分に、あくまでも『もしも』の話だが
”僕に仲の良い頼れる『兄君』がいたら”
ーーーーーこんな感じなんだろうか??
強い憧れ
苦しい程の渇望
汚れや、やましさの無い、嘘偽り無い気持ちがあった
クリストファーがまだ幼い時代のキッズの頃、深夜ふと目が覚め、警備のキツイ部屋からひとりベランダ伝いに抜け出したことがあった
まるでニンジャの様に秘密の縄ばしごを使用
これは予め『冒険』の時の為にひっそり蔦の植え込みに隠していた品で”秘密の特製道具”だった
『??ぁれ何だろう?』
ふらふらとプライベートな庭園にコソッと降り立ち、深夜の王宮の探検へと出かけると別棟の、両親のプライベートルームの明かりが小さく不自然に灯っていた
場所的に、父親の部屋の所に違いなかった
子猫の様にそっと、コッソリ建物に忍び込む
当然、防犯カメラも侵入者探知のシステムも無い場所からで、安全な経路は前もって調査済みだった
侵入を果たし、そっと物陰から覗き込むと、すっぽり埋もれる様にソファーのクッションに深く身を沈ませた父王が見えた
但し護衛も付けず、たったひとりきりでどうしてだか起きていた
仲のいい彼のーーー妻
クリスの優しい母親はどうしてか愛する夫の側に居なかった
『どうしたの?』
何をしてるの?父様?
その時ーーーーー……だ
突然ウフフアハハと小さな声が聞こえた
?
更に観察すると国王は何かをジッと見ていた
『空耳じゃ無いし、僕?ーーでもない!
誰?
それって誰?……なの?』
父親は息子が1度も見た事の無い謎めくホログラム映像を見ていた
今思い返せば
「子どもの頃の伯父上」
「よちよち歩きのまだ赤子といってよい父」
探究心旺盛な彼は父以外の少年の映像が伯父上だと今は知っている
幸せな遠い昔に、侍従によって撮影されたホログラム映像
寂しそうな切ないまでの泣き笑いの表情でじっと眺めていた
カチッ
『!!』
特徴的な小さな澄んだ音色
クリスタルグラスがテーブルに置かれた音
クリストファーは驚いた
『父上は健康を気遣い
王宮のパーティー以外ではアルコール類を滅多に口にしないのに?』
ありえない
王はその晩キャビネットに飾られていた上等なブランデーを開け、なみなみとクリスタル専用グラスにタップリ注ぎ、時折口に含んでいたのだ
『どうしちゃったの?父様……』
見てならぬ物を見た気がし、そっとその場を離れた
王の最愛の息子といえど”立ち入ってはいけない”場所
誰にも悟られたくない秘密
決して見てはいけない
見たことが知られてはいけない
秘められた領域に踏み込んだと感じた
ごく幼い子どもだってそれくらい『わかった』
深い孤独と有り余る哀しみ
そっとしておくべきだ
父上は何故かあの時とても幸せそうにも見えた
それが何故なのかは”わからなかった”が今は父の気持ちが誰よりも理解出来る
クリストファーは今にしてそう思う
もう過ぎ去った取り返せない日々
幸福感で充ち満ちた輝く時間
ずっとそれが夢の如く遙か未来まで続くと信じ、すっかり疑ってもいなかった幼かった自分達
伯父上は彼の父にとって、永遠の憧れの賢くてひたすら優しい理想的な兄君だったのだ
『ーーーー』
あと少しで、この温かい時間が終わってしまうのが悲しい
ポロポロまた涙が零れる
胸が潰れそうに孤独だ
信繁は彼が怖いからだと思ったのかスイと腕を伸ばし、柔らかく肩をぽんぽんと叩く
「あのなぁ…
流石に今回は俺だって怖いよ」
「まさか!」
「嘘じゃ無い
でもな?それって大切な事だ
探検家にとって最も大切なことは『臆病さ』だと昔、俺の父が言ってたんだ
そうでなけりゃ危機が察知出来ずに死ぬんだそうだ
それにーーー……」
「”それに?”?」
「ああ
俺には今よりも、もっとはるかに〜な
それは恐ろしい事が昔にあった」
信繁は大きく息を吐き、前方の若干クラシックなホログラムメーターに視線を向けつつ訥々と話し出す
それは信繁の壮絶で恐ろしい、彼自らの生い立ちだった
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