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黒い服の女
「ねぇ、あなたの借金代わりに払ってあげましょうか?」
カウンターに肘をついた女が、最初に放った言葉がそれだった。
俺が働いているBar「FILOU」は、繁華街から1本道を外れたところにある。
目立つような看板はなく、申し訳程度に小さな店名が彫られた銅のプレートがドアに付いているくらい。
そのため一見の客はめずらしい。
それが女の1人客となると尚更で、店に現れた女が、真っ直ぐにカウンター越しの俺の目の前に座るのを、ついじっと見てしまった。
年の頃は26、7い。おそらく同じ年くらい。
黒のワンピースに身を包んだきつい顔立ちの女。
それが第一印象だった。
「どこかでお会いしたことがありますか?」
「いいえ」
「じゃあ、どうして僕に借金があるって思ったんですか?」
「顔」
「面白い方ですね。何を飲まれますか?」
めいっぱいの営業スマイルを浮かべてオーダーを聞く。
「ニコラシカ」
「かしこまりました」
きっと意味はない。
ニコラシカのカクテル言葉は「覚悟を決めて」。
これは、偶然、だよな?
借金……
あの女が言った通り、俺には借金がある。
残り400万ちょっと。
大学を中退して、いろんなバイトを掛け持ちして、ようやくここまで減らすことが出来たけれど、気がつけば27で、いろんなものを失っていた。
他の客を相手している時も、刺すような視線を感じたけれど、それ以上話しかけてくることもなく、女は頼んだ1杯だけを飲み終えると席を立った。
帰り際に一言残して。
「またね、柊ニ」
始めて会う女は俺の名前を知っていた。
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