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「ねぇ、巴。……コ・レ、凄いわよ」
彼女、理恵がビジネスバックから取り出した一冊の単行本。
ただいま、駅前の居酒屋チェーン店内は休日前の客で大変賑わっている。
スタッフたちは、忙しなく料理を運んだり、空になった食器を下げたり、空席になった席の残骸の片づけなどで、半個室席にいる巴たちの会話など誰も眼中に無しだ。
向かい側の革張りのソファーに座っていた巴に渡してきた、〈ソレ〉と呼ばれている本。言われるがまま、流れで受け取る。
「へぇー、何の本なの?」
「……………良いから、開いてみなよ」
「………??」
言われるまま、素直に本の中身をパラパラと軽く開き進めると。予想外の展開に、ギョっとし絶句してしまった。
目尻の下がった色気がある二重に落ち着いた紺色の瞳の彼女。そこから、眼球が飛び出したと言わんばかりである驚きである。
それは、悪い意味では無かった。逆に良い意味でもなく………………というべきか。
初めて目にした、刺激的な文章と挿し絵たち。
視界にいっぱい広がっており、仕事で貰った疲労困憊が一気にぶっ飛んでしまう。
そして、視界が鮮やかに変わったのだ。
甘美な世界が、彼女の〈つまらない日常〉という名の砂漠に、癒しの雨で濡らしていく。ーーもちろん、良い意味でだ。
新しい扉が開きつつある、この一時。
日々の【渇望】が潤滑油で浸っていっていく感覚が、全身に浸透していく巴。
徐々に〈新発見〉、という喜びに包み込まれていく。
「……コレ、どうしたの?」
「私ね、この先生のBL本にハマっているのよ。しかも、挿し絵担当の〈ちゅー鼠〉って先生はこの作家さんの作品しかイラスト描かないって有名な話しなのよね〜」
「……この、〈今宵も、弟は俺と禁忌を犯す〉を借りて良い?」
「良いわよ〜!巴なら、ハマると思ったから勧めたんだぁ♪し・か・も、作家さんのBL本さ、最初は嫌がらせ用で執筆していたらしいのよ。
でも、中身が良すぎて商業出版化されたらしいのよ」
「へぇー、そうなんだ。私たちからしてみたら、書籍化されたおかげで、天の恵み過ぎて有意義な時間に変わったって言っても、過言じゃないわね!」
「そうなのよ〜、ありがたい天の恵みよね。特に【水無月 はち】先生のBL作品は」
「そうね………。私的には、特にこの弟の想い、重い粘着な一方通行の愛表現とか………。その弟に男を受け入れる喜びに作り変えられていく兄の身体と心境変化とか。………もう最高ね。
私的には、このカイリって受けのビジュアルと性格が気に入ったわ。真面目と情が熱い性格が災いして六つ子の三男に絆されて犯されて。そして、雌になっていくのよね。
そんな、許嫁持ちの兄の罪悪感を揺さぶって、隙間に滑り込んで自分のモノにしていこうとする執着さ。その奥さんに挑発行為もするなんて………イカれてるわね。
それも、愛が深すぎてネジてしまった独占欲、と言うべきかしら。
そして、六つ子………、血の繋がった兄弟での近親相姦、という禁忌。そして、この情事描写なんて………」
「………え?待って、待って、ストップ。アンタ、この短時間でパラパラっと簡単に見ただけよね??凄すぎて怖いわ………。
あと、声のトーンがガチになってるけど大丈夫??マジで恐怖しかないわ」
暫く、二人して〈弟×兄〉のBL本の続編についての妄想展開に語って語りまくった。
そしていつのまにか………酒を片手に、つまみに〈BL本の意見交換会by腐女子会〉に変わっていた。
気がついたら、23時なっており。五時間も滞在した彼女たちの顔は、入店前より肌が潤っていたのは言うまでもない。
そんな、一か月前の出来事である。
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