10.亀先生の孫、粟ヶ崎遊園に行く

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 立ち上る湯気越しに見上げた大浴場の天井には天女が舞い、目の前のタイル壁には鳳凰が羽を広げる。光子とすずは洗った髪を手ぬぐいでくるりと巻いた姿で、込み合う浴槽からのぼせた半身を出した。 「お母さん、もうのぼせてしまったわ。先に上がって遊戯室に行っていてもいい?」  頭が濡れないよう手ぬぐいを巻いて、気持ちよさそうに湯舟に浸かっている悦子に光子は声をかけた。 「えぇ。お母さんたちはもう少し浸かってから行くわ。遊戯室から出ないのよ」  湯のせいかいつもよりとろけたような口調の悦子に二人は返事をして、脱衣室へと向かった。 「おば様何か言っていた?」  がしがしと髪を拭く光子と違い、まるで浮世絵のようなたおやかな様子ですずは髪の水分をそっと取りながら尋ねた。 「いいえ。なにも。この前の料亭のことはおじい様は黙ってくれているみたいね。知っていたらさすがに何もお咎めなしなんてことにはならないだろうから。それになにより孝さんも無事に生きているし」  光子の言葉にすずがころころと笑う。 「私も行きたかったわ。なんでみきさんは私のことも誘ってくれなかったのかしら。双子ってことにすればいいじゃないの。ねぇ」  光子はさすがに自分とすずでは双子とは言いにくいだろうと、すずの小づくりな顔を見たが、ただそうね、とうなずいた。 「お母さん、どうするつもりかしら。でも由美子さんが楽しそうでよかったわ。ずっとずっとこんな日が続けばいいのに。ずっと」 「みきさんがなんとかしてくれるわ」 「そうね」  マジックショーに驚き、大山すべりを七回も滑ってお尻が痛くなり、大食堂で洋食を食べ、サルをからかい、ツルの真似をして片足立ちをして、そして湯に入った今日一日、由美子は終始少女のように楽しそうな明るい表情をしていたが、ただ一度ここに来る途中の、浅野川鉄道の新洲崎駅付近の窓から河北潟の風景を眺める由美子の、その今にも消えてしまいそうな表情が、光子には忘れられなかった。
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