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今日、森子の家に上がってから。リリーが開口一番に言った言葉は「私、ブルーなんだよ」だった。
詳しく聞きただしてみたところによると、どうやら彼女は失恋したらしい。
『ホラー映画を楽しめない女の子とは付き合えない』とはっきり宣言されて、すごすごと帰ってきたのだとか。そんなセリフを吐く相手の男子もまたすごいが、ある意味でリリーらしい失恋エピソードだなとも思った。
彼女が語る思い出話は、森子にとっての常識はずればかりだ。
「ホラー映画……私も苦手だわ」と、同情して頷くことが、森子の精一杯だった。
……もしかして。と。
ふいに、森子は思った。
先ほどからリリーの宿題が捗っていないのは、それが理由なのだろうか。好きだった相手にフラれたことが気になって、目の前の課題への集中が妨げられているのだろうか。それで唐突に、うちわがおせんべいみたいで美味しそうだなどという突拍子もない発言が飛び出してきたのだろうか。
森子は、少し心配になってリリーへ目線を向けた。
あり得る話だった。
彼女は破天荒に見えて、案外繊細だ。
「リリー?」
「ん?」
「なんか、今食べたいものとかある?」
「うーん」
リリーが、悩むような仕草をした。
森子は、彼女の口からどんな言葉が出てくるのか予想してみた。うちわっぽいせんべい、とかどうだろう。どうせ当たらないだろうなと思いながらも、一縷の望みをかけて彼女の言葉を待ってみる。
「天使のケーキが食べたい」
「……なんじゃそりゃ」
国語辞典から当てずっぽうに単語を引き出してみたところで結果は変わらなかっただろうな、などと思ってしまうほど見事なハズレっぷりだった。
当人のリリーは「知らない? ほら、有名なパティシエがデザイン考案したケーキだよ」などとケロッとした顔で喋っている。
ちなみに残念ながら、そのケーキを森子は知らない。
「あれってね、ケーキそのものが一人の天使みたいに綺麗なんだよ。純白で、サイズは小さめで、そこに控えめな銀色のアラザンが……」
リリーの夢見るような表情を見ながら、森子は密かに、とある決心をした。
よし。天使のケーキ、買ってあげよう。
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