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「うちわって、おせんべいみたい」
「え?」
「ほら。大きくて、平べったくて、食べるとおいしそうでしょ」
夏も終わりの頃だった。
床の上に無造作に放り投げられていたうちわをしげしげと見つめながら、リリーがそんなことを言ったのは。
森子は、「はあ」と曖昧な返事をした。
「森子ちゃんもそう思わない?」
「……それ、なんて答えてほしくて聞いてるの?」
「そりゃもちろん、『リリーちゃんの感性はすごいね!私にはとてもそんな想像力はないよ!』みたいなことを答えて欲しいんだよ」
「そっか。リリーちゃんの感性は独特だね」
「なんか微妙に改変された……」
「褒めてるんだよ」
「え? 本当?」
「うん。本当、本当」
「やったぜ」
リリーがニヤリと笑ってガッツポーズをする。彼女の天然パーマの茶髪が、照明にきらりと輝いて見えた。
森子は手近にオレンジジュースのグラスを引き寄せ、ごくんと一口で飲み干した。
そのまま森子は、目の前に広げた宿題に向き直る。
リリーとおしゃべりしながら取り組んでいるため、どうしても意識が散って進みが遅くなる。
しかしリリーと一緒でなければそもそも手をつける気にすらなれないため、彼女の存在はありがたかった。
ふと気になって、森子はリリーの手元をチラッと盗み見る。
彼女の課題は森子よりも進んでいなかった。
オイオイ大丈夫か。さすがに心配になった。
しかしまあ、二人とも現在の年齢は十五歳。自己管理はしっかりできるはずの年齢であり、他人が口を出すような無粋はよほどの事態がない限り慎むべきだ。
森子は、中学校の箏曲部で一緒になり、急速に意気投合したリリーの方をじっと見つめた。
リリーは、マイペースという言葉がとても似合う人間だった。
書道の時間、半紙に小筆で花の絵をちょろちょろと描いているのを見た時や、首が苦しい気がするからという理由で制服のリボンをしょっちゅう外しているのを目撃した時。「ああ、この子は私とは違う人種の人間なんだな」とはっきり感じた。
たぶん、だからこそ仲良くなれたのだと思う。
こうして自宅に友人を呼ぶなどという珍しい行為に森子が手を染めているのも、他の人との会話では絶対生まれないやり取りを二人で量産し続けているのも。全部、森子がリリーという不思議な生き物と出会えたことが始まりだった。
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