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その商店街組合の事務所に1人の男が訪ねて来たのはクリスマスイブ。
「あのう、お伺いしたいのですが」
今日はクリスマスイブ。商店街は各店でクリスマスセールと広場でのイベントで忙しく、事務所に残っていたのは3名。事務員2名と新人1名。
その男はすぐ近くの机にいた新人に声をかけた。
「何でしょうか」
新人の古笹は自分の仕事の手を休めて立ち上がる。
「こちらは湯の笛商店街でよろしいですよね」
「えぇそうですが」
男は名刺を1枚渡した。古笹は振り返って事務員の二元を呼んで名刺を見せる。
「駅向こうの会社の方が何か?ここの事務所いま3人しかいなくて。どなたかと会う約束ですかね」
男は片頬を歪めつつ首を横に振って、また来ます、と言い残して去って行ってた。二元は名刺を事務所の黒板に磁石で止めた。
次に現れたのは女性だった。応対したのは事務員で一番の古株の阪平だった。
「あの、お伺いしたいのですが」
先ほどの男性は50代くらいだったがかなり若く20代か?と阪平は思った。阪平カウンター越しに応対。
「こちらは湯の笛商店街ですか」
「はい、そこが商店街でこちらが商店街組合の事務所になります」
そうですか、と言って女性は立ち去った。3人は顔を見合わせる。未だかつてこんなに短時間に事務所を訪ねてくる人がいた事ははない、と阪平たち3人は思った。
そしてまた1人の男性が事務所の前で周囲を見渡している。古笹が入口で声をかけると頭を軽く下げて去って行った。イベント会場で立ち竦み商店街を見ている。
「何ですかね、今日おかしいですよね」
古笹は二元と阪平に言う。2人は頷いて首をかしげていた。
昼時になって商店街に行っていた数人が事務所に帰って来た。
阪平が来客があった事を告げて二元が名刺を見せた。古笹が3人の様子を説明。
話を聞き名刺を見た1人、商店街連合会長になっている瀬村が言った。
「なぜこの名刺を」
瀬村は85歳。周囲から元気で何事にも動じないと言われている。しかし今、瀬村は名刺を握りしめ目は泳いで僅かに震えている。
「どうしましたか会長。具合が悪いのでしたら・・・・・・」
阪平の言葉の途中で瀬村は言った。
「この名刺の男は現世にはいない」
事務所がシーンと水を打ったかのように静まり返った。もう現世にいない男の名刺がなぜ?持って来た男は本人なのか?
「すまんが小野川の所へ行く。谷森、宮場、一緒に来てくれ」
瀬村が谷森の運転する車に乗り込んだ。
瀬村たちが商店街組合の名誉会長である小野川の自宅を訪れている頃、商店街を二元は古笹を連れて歩いていた。
古笹が言う。
「イベントも商店街も盛り上がっていて嬉しいです。採用1年目で参加出来て良かったです」
盛り上がって話す古笹とは対照的に、良かったわね、と二元は素っ気なく言って歩き続ける。
「ちゃんと探すのよ、あの3人を」
商店を1軒1軒見回る。混雑しているから出来る範囲で、と事務所に残った阪平から言われている。
「本当にいるんですかねぇ」
「私はいると思うわ」
その時に二元の携帯電話に着信。神妙な顔つきになっていく二元の顔を古笹がのぞきこむ。
「また商店街の名前を確認する女性が事務所に来たみたい。今日は何かあるわ」
「イベントの日ですよ今日は」
息子と同年代の古笹の言い方が軽く、そのくらい分かっているわよ、と言いたい気持ちを出さずに言う。
「その他によ。会長の瀬村さん震えていた。小野川名誉会長の家に行ったのは、何かの心当たりがあるからだわ。昔、何かがあったのよ」
古笹は何度も頷き、肉屋のおじさんからコロッケを貰って食べながら歩く。二元と途中のベンチに座って食べる。寒いので温かい食べ物は本当に助かると古笹は思った。
「二元さんにはありますか心当たり」
コロッケを食べ続けて沈黙を続ける二元。古笹はアーケードの上に舞い落ちる雪を見つめながら、流れてくるクリスマスソングを小声で歌っていた。
「多分、私の心当たりは1つしかない。でも信じないと思うし、どうしようもないのよ商店街がある限りは。今更ね」
「えっどういう事ですか。理解力ないから俺」
二元は私も祖父に聞いた話だと前置きして話しだした。
昔この商店街一帯が墓地だった。住民が増えるにつれて商店街の必要性を訴える人々が増えた。土地を考えたら墓地が有効という話になった。
「えっここが墓地」
「みたいね。住民投票も行い、ここに商店街を建設する事に決めたみたい」
しかし墓地の移転先も考えなければならない。それと連絡を取らずに勝手に墓地の移転は出来ない。問題を町民の人々は解決していった。結局、山の手前の空き地に移転。
「祖父の話だと連絡取れなくて勝手に移転した墓もあるみたい。移転が決定した日が12月24日なのよ」
「えっ今日。でも12月24日は何年もあるのになぜ今年なんですかね」
二元はコロッケの最後の1口をゆっくりと噛み飲み込んでから言った。
「古笹君、商店街誕生何年だっけ」
古笹は60年と答えた。
「勝手に移転され眠りを妨げられた人たちがあの人たちだとしたら?節目に出て来たのかも。何かって考えていたら祖父の話を思い出した」
そっか。今でも訴えたいのだ。ちょうど50年。あの人たちにして見たら、自分たちも無念、当時の住職も無念だろうと古笹は思う。
「そういう昔を忘れなくても、忘れたふりして商店街を認めてくれたら良いって私は思う。活気がある場所だしね」
「どうですかねぇ。何か訴えたいのなら認められないと思いますし。何か3人とも表情暗かったですね」
その日、それらしき3人を見つける事は出来なかった。
翌日の25日のクリスマスの日。住職のいない寺に新住職を呼び法要が営まれた。そこには現世に出て来た人たちと現世の人が一緒に手を合わせた。
「移転は致し方なかったのです。皆が住み良い町には商店街がどうしても必要だったのです」
名誉会長の小野川の言葉に、真っ先に立ち上がったのは名刺を渡した男性だった。
「私たちはあの場所で眠っていたかったのです。移転せずに今の場所を商店街にすれば良かった。じいさんはどう思う」
じいさんと言われたのが震えていた瀬村。突き刺さるような視線の先には身体を丸めて何かを呟く瀬村。
瀬村ではなく名誉会長の小野川が呻くように話しだした。
「商店街は活気があり利便性の高い場所にないといけません。それがあの場所。連絡が取れない方もいて、でもその墓だけ残しておく事は不可能な為、色々と話し合い止むを得ず移転しました」
名刺の男性は言い放った。
「じいさん久しぶりだな。追い出した娘と息子の俺を見捨てて、まだ生きているんだな」
「見捨ててなんかいない」
「嘘つくなよ、皆の前でも嘘つきなんだな。今日、商店街を見てこの場所でないと繫盛はなかったと思って許して認めるよ。応援して行こうと思ったよ」
フーッと息を吐き、でもじいさんは許さないと叫び座った。後で話したいとも言った。
別の現世にはいない女性が立ち上がった。
「素敵な商店街で、場所の移転は町民の意思ですから何も言いません」
ただ、完成当時も今も私たちを敬う気持ち、謝罪の気持ちが足りないのではないかと疑問を感じていた。本日、このような法要を営んでいただき感謝していると伝えた。
色々な言葉が飛び交うなか、名誉会長の小野川を始め職員が謝罪した。
事務所に戻って来た職員たちは、どんよりとした空気のなか、まだ続くイベントやセールを抱えて大忙し。
「何か疲れました」
「そうよね、不思議な体験よね」
古笹と二元は話しながら阪平と3人で商店街とイベント会場の巡回に出掛けた。
その日の夜、片付けを終えて飲み会を抜け出した古笹は墓地で叫んだ。
「2日間、色々とありました。本当にお疲れ様。メリークリスマス!」
どこからか拍手や歌が聴こえてきた。古笹は微笑みを浮かべてあくびをし墓に吸い込まれて行った。
(了)
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