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 そんなことがあってから、ひと月ほどたったころだった。  スマホに、変な影が映るようになったんだ。  ぼんやりした、半透明の、灰色の影だ。  影を通して、普通のスマホ画面は見えるんだが、どうにも気になる。  四年も使ったスマホだから、そろそろイカれてきたんだろうと思った。  金はあまりなかったけど、思いきって買い換えることにした。  新品に買い換えて、もうこれで大丈夫と思った。  甘かったね。  その新しいスマホにも、じきに灰色の影が映るようになった。日がたつにつれて、その影はだんだんとはっきりしてきた。若い女の姿をとるようになってきた。さらに日がたつと、それは死んだ佳菜子(かなこ)だとわかるようになった。佳菜子の、腰から上が映っているんだ。  スマホのなかの彼女は生きていた。生きて、ゆらゆらと(たよ)りなげに動いて、おれに話しかけてくる。 ――また、会えたね。あたしはここよ。  遠くのほうから聞こえてくるような声だったが、聞きとることはできた。  おれは(ふる)えた。一種の幽霊(ゆうれい)だからね。佳菜子がおれを恨んで、化けて出てきたんだ、と思ったよ。  でも、佳菜子はおれをとがめようとはしなかった。 ――また会えて、うれしい。 ――あたし、ずっとあなたのそばにいるつもり。  そんなふうに言うんだ。  スマホなんて、捨ててしまいたかった。でも、派遣(はけん)の仕事には必需品(ひつじゅひん)だからね。捨てるわけにはいかない。佳菜子の姿は半透明だし、声もかすかだから、がまんすれば、スマホとして使えないことはなかった。おれはスマホを持ち続けたよ。  そのうち、佳菜子のおなかがどんどん大きくなっていくことに気がついた。  やがて佳菜子は子を産んだ。ある日、突然、おくるみに包んだ赤ん坊を胸に抱いて、現れたんだ。  いや、それを赤ん坊と言っていいものかどうか。  おくるみのなかにいたのは、黒い、(くさ)った肉のかたまりのような物体だったんだ。  佳菜子はおれにほほえみかけてきた。 ――ほら、見て。あたしと、あなたの子供よ。かわいいでしょ? これからふたりで、この子を育てるのよ。  それを聞いて、おれはおぞけをふるった。  佳菜子は、そんなおれにはかまわず、赤ん坊をあやすようにして、その肉塊(にくかい)をあやす。 ――ぼうや、見てごらん。ほうら、このひとが、あなたのパパでちゅよ。挨拶(あいさつ)ちまちょうね。  佳菜子が、うふふふふ、と笑って、黒い肉塊(にくかい)をおれのほうに向けた。  目も、鼻もない、その黒い肉のかたまりの、たぶん口のあたりとおぼしき場所に、小さな()け目が開いた。その()け目から、かすれたうめき声のような声が聞こえた。 ――パパ。  おれの意識はそこでとぎれた。
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