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3
そんなことがあってから、ひと月ほどたったころだった。
スマホに、変な影が映るようになったんだ。
ぼんやりした、半透明の、灰色の影だ。
影を通して、普通のスマホ画面は見えるんだが、どうにも気になる。
四年も使ったスマホだから、そろそろイカれてきたんだろうと思った。
金はあまりなかったけど、思いきって買い換えることにした。
新品に買い換えて、もうこれで大丈夫と思った。
甘かったね。
その新しいスマホにも、じきに灰色の影が映るようになった。日がたつにつれて、その影はだんだんとはっきりしてきた。若い女の姿をとるようになってきた。さらに日がたつと、それは死んだ佳菜子だとわかるようになった。佳菜子の、腰から上が映っているんだ。
スマホのなかの彼女は生きていた。生きて、ゆらゆらと頼りなげに動いて、おれに話しかけてくる。
――また、会えたね。あたしはここよ。
遠くのほうから聞こえてくるような声だったが、聞きとることはできた。
おれは震えた。一種の幽霊だからね。佳菜子がおれを恨んで、化けて出てきたんだ、と思ったよ。
でも、佳菜子はおれをとがめようとはしなかった。
――また会えて、うれしい。
――あたし、ずっとあなたのそばにいるつもり。
そんなふうに言うんだ。
スマホなんて、捨ててしまいたかった。でも、派遣の仕事には必需品だからね。捨てるわけにはいかない。佳菜子の姿は半透明だし、声もかすかだから、がまんすれば、スマホとして使えないことはなかった。おれはスマホを持ち続けたよ。
そのうち、佳菜子のおなかがどんどん大きくなっていくことに気がついた。
やがて佳菜子は子を産んだ。ある日、突然、おくるみに包んだ赤ん坊を胸に抱いて、現れたんだ。
いや、それを赤ん坊と言っていいものかどうか。
おくるみのなかにいたのは、黒い、腐った肉のかたまりのような物体だったんだ。
佳菜子はおれにほほえみかけてきた。
――ほら、見て。あたしと、あなたの子供よ。かわいいでしょ? これからふたりで、この子を育てるのよ。
それを聞いて、おれはおぞけをふるった。
佳菜子は、そんなおれにはかまわず、赤ん坊をあやすようにして、その肉塊をあやす。
――ぼうや、見てごらん。ほうら、このひとが、あなたのパパでちゅよ。挨拶ちまちょうね。
佳菜子が、うふふふふ、と笑って、黒い肉塊をおれのほうに向けた。
目も、鼻もない、その黒い肉のかたまりの、たぶん口のあたりとおぼしき場所に、小さな裂け目が開いた。その裂け目から、かすれたうめき声のような声が聞こえた。
――パパ。
おれの意識はそこでとぎれた。
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