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中野叡はさっきから書棚の本を抜き出しては頁をぱらぱらと操っていた。出版社の栞やちらし以外になにも挟まっていないとわかると、本を近くに投げちらかす。もうすでに書棚と書棚を移動する狭い隙間を本が埋め尽くしていた。
当然、書棚を移動するときは本を踏んで歩く。
ごめんください、失礼しますよ、と階下の玄関から声がする。だが叡はそれに気づいてもいない。
「おいおい、なにをやってるんだ? 気でもちがったか!?」
田島、と名札をつけたタクシーのドライバーが叡の知らぬあいだに書庫に入ってきていた。
それでも叡は死にものぐるいで、父が残していった膨大な書籍を一冊一冊調べている。
「なあ、きみ……ほかに誰もいないようなので勝手に上がらせてもらったが……うちは待機二分で一〇〇円、どうした? ここへ来る……きみの家だから帰るか……まで五〇〇〇円以上メーターが回っている、払えるのかい?」
「三十万……三十万……」と叡は書棚に向かいながら呟いていた。
「なんのことだ?」
「……三十万探さないと、鏡子が危険なんです……!」
そう言いながら叡はまた、函装の本を床に投げ捨てる。すでに最初の書棚はほとんど空になっていた。だが、もう一万円は発見している。アレイスター・クロウリー著作集の中に隠されていたのだった。
中野叡の亡父には妙な癖があった。
ちょっとした収入や、仕事柄、チップのように渡されたお金を本に挟んでしまっておく……というまるで栗鼠のような癖だった。
どの本にいくらしまったかを忘れてしまうところも栗鼠に似ている。
「おい……なぁ……まさか本のなかに万券があって、それを探してるとか言わないだろうな?」
「……運転手さんが今おっしゃったとおりですよ。お金が挟まってる本があるんです、この書庫内には……」
「それに、三十万って数字はなんなんだ?」
一瞬だけ、叡の手が止まる。
「鏡子を人質に取られてるんです」
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