反抗期の向こう側

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香織はシングルマザーで13歳の一人娘がいる。 最近反抗期なのかちょっとしたことでケンカになることが多く頭を悩ませている。 柚希は最近ちょっとしたことでイライラしてしまうことが多い。 夫と離婚してからは香織は唯一の家族であり、最愛の娘として可愛いがってあげたい気持ちは大きいのだが、ちょっと難しい年頃だ。 香織は元々共働き家庭だったが、離婚してしまったことで生活が厳しくなってしまっていた。生活レベルを上げるために柚希が中学に入ったタイミングで給与がより高い企業へ転職したが、前職よりも仕事は忙しくなり、柚希に構えないことも多くなってしまった。 柚希はもしかしたらその辺に不満があるのかもしれない。 香織「柚希、最近学校はどう?」 柚希「どうって言われても...別に...って感じ...」 どことなく面倒臭そうに言った。 香織「そう...中学になってから勉強とか大変になってない?」 柚希「最近成績下がったからそういうこと言うんでしょ...」 ムッとした顔で言った。 香織「別に怒ってるとかそういう訳じゃなくて...ただ私は柚希のことを心配してるのよ。そろそろ将来のこととか考える年齢だし...」 柚希「言われなくても分かってるよ...もう...」 空気が重くなってしまった。 香織「今日もちょっと遅くなるの。夕飯は冷蔵庫に入ってるからチンして食べてね。」 柚希「今日は家帰るの遅いかもだから、もしかしたらお母さんと同じくらいに帰ってくるかも...」 香織「友達とどこか行くの?」 柚希「友達とカラオケ...」 香織「そろそろテスト期間も近いんじゃないの?遊ぶのも良いけど程々にね...」 柚希「また勉強のことばっかり...」 香織「別に今日は行っても良いわよ。カラオケはまた公民館近くのとこ?」 柚希「あそこ安いからね」 結構古い雑居ビルに入ってるカラオケ屋だった。 香織「じゃあ私行ってくるから!また夜にね!!」 柚希「あ、うん行ってらっしゃい!」 ちょっと可愛げがある言い方で言った。 そんな様子を見て柚希は口答えも増えたけど素直なところもまだまだある、そう思った。 香織も最近は自分にも余裕が無くなってきてるのかな...なんて思ったりもする。 前の会社に比べてとにかく仕事量が多いのだ。 給料面では不満が無いのだが仕事量に見合っているかとちょっと考えてしまう... 香織「余裕無いとちょっと強い言い方してしまったりもするんだよねぇ...」 これは香織も反省しなければいけないなぁと思っている。 香織は忙しくても続けている日課があった。 育児日記である。柚希が生まれた時から毎日欠かさず書いていた。柚希は2011年生まれなので最初からスマホで書き続けていた。(機種変更してもデータは移行させていたし、最近はクラウドに保存してあり複数機種から入力出来るので結構楽になった。) 育児日記のお陰で柚希の変化も分かりやすい。 時間あるタイミングで見返してみたが、香織が今の会社に転職してから徐々に変わってしまったように感じている。 ちょうど思春期に入ったというのもあるのかもしれないが環境の変化も大きいのかもしれない。 何とかしなきゃなぁ...と思っていたら会社の最寄り駅に着いた。 オフィスに着いてパソコンを起動し、今日のタスクリストを見ると、溜息をついた... 「あぁ...この量か、定時じゃ終わらないなぁ...」 この会社に入ってから毎日こんな調子だ。 朝からシンドくなってしまうのであった... 会社のデスクには幼い頃の柚希の写真が飾ってある。 仕事で辛い時は写真を見ると落ち着くこともあるのだ。 昼休みに同僚にランチに誘われた。 香織の部署は同年齢の女性が結構多く子育ての話で盛り上がることも多い。 赤ちゃんの頃が一番苦労話が多く、小学生になってくると楽しい話が増えてくる。そして思春期に入ってくるとまた別の悩みが...という感じだ。 「香織ちゃん、あんまり考えすぎない方が良いよ。そういう時期ってあるからね」 同僚がそう声を掛けてくれた。 香織は柚希が反抗的な態度を取っていても根本の性格は変わっていないと信じている。 そうだ、柚希は良い子なのだ。 親バカと言われてしまうかもしれないが、こういう感覚は大事だと私は思っている。 「娘のことは大好きだし信じている」 これは今も昔も変わらない。 午後は電話対応が多かった。 電話した件数分だけ顧客入力作業をしなければならないので大変だ。 前の会社なら営業事務が全部やってくれたのに... 以前居た会社は数千人規模の大企業だったので仕事の分担が上手く割り振られていた。 (その割に薄給でそれで辞めてしまったのだが...) 現職は600人程のベンチャー気質が強い会社で自分から動いてやらなければいけない仕事がとにかく多いのだ。 給料面は良いが一長一短だなぁ...と思ってしまう。 香織の会社のPCはデフォルトで下の方に天気予報やニュースが流れる仕様になっていた。 1つの案件をこなした後に気分転換にパッと見たりするのだ。 夕方になる頃、香織は一区切りついたタイミングでボーッとそのPC下部の天気やニュースを見ていた。 「雨が近付いています」という文字を見て少し溜息をつく。 その後に「【速報】A町の雑居ビルのカラオケ店舗で火災発生中」というニュースが流れた。 疲れていたこともあり、内容が最初は頭の中に入ってこなかった。 しかしA町の文字を見て、香織はギョッとしてしまった。 香織「私の街じゃない...」 柚希は朝カラオケに行くと言ってなかったか...? 香織の頭は真っ白になってしまった。 慌ててトイレに駆け込みスマホでニュースサイトを確認する。 香織は愕然としてしまった。 写真が写っていたが柚希が行ったカラオケ屋店だった... 香織は柚希に連絡をするが既読は付かなかった。 香織は上司に事情を話し、そのまま早退し現場に直行することにした。 移動中も何度もメッセージを送るが一向に既読は付かなかった。 最悪な事態は考えたくは無かったが、しかしどうしてもそうさせてしまう。 今までの柚希との想い出が一気にフラッシュバックしていた。 今までの日常が突然終わってしまうかもしれない...そんなことは考えたくなかった。私には柚希しかいない。柚希が居なくなったら私の生きがいは全て無くなってしまう... 事件現場は予想以上に悲惨な状態だった。 カラオケ屋が入居している階は全焼してしまっているように見える... ビル前は凄い人集りだ。 香織「すいません。中に娘が居るかもしれないんです。」 消防士に声を掛けた。 消防士「今はまだ救助活動中でしてね。何人かは既に病院に搬送されてはいます...まだ中に人が居るかは不明です。あ、ここはマスコミが多いのでちょっとね...連絡先教えて頂けますか?状況分かり次第連絡しますので...」 連絡先を消防士に教えると香織の周りにはマスコミが沢山寄ってきた。 マスコミ「この中に家族がいらっしゃるんですか?今どんなお気持ちですか?」 こんな気分の時に全くうんざりだ... 香織「やめてください、結構です」 そんな言葉を繰り返して足早に去った。 どうしようどうしよう...そんな不安な気持ちでいっぱいだった。 カラオケ屋から家までは歩いて10分くらいの距離だったがこの時は1時間以上に感じられた。 それだけ脳内で色々不安で様々な考えが巡り巡ってしまっていたのだ。 家に着いたが誰も居ないのか門灯も付いて無ければ、家も暗かった。 鍵を開けると玄関には柚希の学校用の革靴があった。 一度帰宅してから私服に着替えて行ったのだろうか... 香織はリビングのドアを開けて電気をつけた。 驚いたことにそこには柚希が居た。 疲れていたのかテーブルの上に突っ伏して寝ていた。 香織はホッとしてヘナヘナと座り込んでしまった。 気配に気付いたのか柚希が起きた。 柚希「あ、お母さん!今日は早いじゃん!!」 とても嬉しいそうな声で言った。 香織「う、うん...ただいま...」 気が抜けた声で返事をした。 柚希「どうしたの?調子悪いの?お母さんなんか変だよ?」 香織「私凄い心配してたのよ...柚希が今日行くって言ってたカラオケ屋が今火事なの...」 柚希は物凄く驚いて青ざめた。 柚希「う、うそ...」 驚きのあまりそれ以上何も言葉が出なかった。 香織「今日のカラオケはみんな行かなかったの?」 柚希「うん、そうだよ...私の気分的な問題でね、ドタキャンしちゃったの。そしたら柚希が居なきゃつまらないって友達も言ってね、やめにしたの。」 香織は安心した。友達も無事なら良かった! 香織「柚希今日何か嫌なことでもあったの?」 柚希「別に嫌なことがあったって訳じゃないんだよ。お母さんさ...毎日育児日記つけてるでしょ?今日リビングでタブレット開きっぱなしだったんだよ。私ねずっと読んでたら涙が出ちゃって...泣いて腫れた顔見られたく無かったから行かなかったんだ。」 タブレットは放置していたら画面が消えることが多いが、たまにずっと画面がついたままの場合もある。 偶然が奇跡を生んだのかもしれない... 香織は柚希に駆け寄り強く抱き締めた。 香織「良かった!本当に良かった...!!」 柚希「お母さん、ごめんね。私もお母さんのこと好きなんだよ。ただ素直になれなかっただけ」 2人とも泣きながら抱き合っていた。 カラオケ屋の火災は時間帯が平日の昼間だった為か客も少なく1組〜2組くらいしかいなかった。 出火原因は客に出すメニューで油を使っていて引火してしまったということらしい。 幸い早い段階で救助されて死人は出なかったが、居合わせた客は重症で全治数ヶ月との報道があった。 消防士が言うにはあと数人でも多かったら死人が出ていただろうと話した。 香織と柚希は育児日記が生んだ奇跡に感謝した。 香織は柚希としっかり話し合った。 今の会社は給料は良いけど仕事が物凄く大変だと言うこと。 そして仮に転職して前の会社くらいの給料になると、このくらい生活は大変になるかもしれないということ。 柚希「私はお母さんと居る時間が長い方が良いな、あとね生活レベル下がっても別に構わないよ。旅行だってあまり行けなくなっても文句言わないから。」 香織「分かったわ、また転職検討してみるわ」 育児が理由で転職する人は多い。転職歴は増えてしまうが理由としては正当性があるので傷が付くと言うほどでは無いだろう...そう思った。 数ヶ月後、朝食時間にテレビをつけていると、火事のあったビルが現場検証など全て終わって修復工事段階に入るというニュースが報道された。 柚希はそれを見て言った。 柚希「お母さん、命を助けてくれてありがとう!本当に私感謝してるから」 香織「私じゃなくて育児日記とタブレットのお陰よ」 柚希「でも育児日記を書いたのはお母さんだからね、私のことを思ってくれてること分かって嬉しかった。」 香織「私はずっと柚希のこと好きよ」 柚希「私も大好きだよ、お母さん!」 朝の陽射しがリビングに差し込み、輝いて見えていた。
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