パヴァーヌの中の王女

1/4
前へ
/4ページ
次へ
 少女は、朝の光が射すホールで、踊りの練習をするのが好きでした。  彼女の艶やかな銀髪は、光り輝き、天使の輪ができています。若草色の瞳は好奇心に煌めき、しっとりした白い肌と、ふっくらとしたピンクの唇。愛らしすぎる彼女は、まるで天界から舞い降りてきた天使のようでした。  少女の名はエリナ。  スパニラス王国の第三王女でした。  エリナはまだ13才。夢見る乙女です。  いつか出会う運命の相手を想像しながら、その彼とパヴァーヌを踊るエリナ。  そんなエリナを見かけた少年がいました。  クイル。彼はエリナお付きのメイド長、アリエッタの息子でした。  クイルはいけないと思いつつも、ホールで踊るエリナをこっそり見続けました。  誰にも知られてはならないことでした。  ですが、ある日、神は小さなくしゃみをしました。その風で、エリナの髪を飾るリボンがふわりと舞いました。  エリナのお気に入りのリボンでした。 「待って」  エリナはリボンを追いかけます。  クイルは、自分の方に向かって来たエリナに驚いて逃げようとしますが、足が動きません。  しゃがんだまま顔を伏せるクイルの頭に、水色のレースのリボンが舞い落ちました。 「あら、あなたは誰? そのリボン、大切なリボンなの。返してくださる?」    クイルはゆっくりと顔を上げ、リボンをエリナに手渡しました。 「僕はクイルと申します。リボンを汚してごめんなさい」  クイルは震えていました。  どんな罰を受けることになるか。  母がメイドを首になるのではないか。  もっともっと酷い仕打ちが待っているかもしれない。  自分のせいで。  エリナは可愛らしい顔を傾け、クイルを見つめました。 「どうして震えているの? 寒いの? そうだわ。クイル、あなた、ダンスは出来て? 体を動かせば温かくなるわ、きっと」  エリナは白く柔らかな手をクイルに差し伸べました。 「待ってください! 僕は踊れません」 「大丈夫よ。私の隣に立って。そして、私の動きを真似してみて。左右は逆よ」  エリナは楽しげに踊ります。  クイルも困り果てながらもエリナの真似をします。  二人はだんだん楽しくなってきました。 「クイル、あなた、本当に初めて? とても上手だわ」    クイルは口を噤みます。まさか、毎日エリナをこっそり見ていたからなんて言えません。  楽しい時間はあっという間に過ぎます。 「エリナ様、僕はもう、戻らないと」 「そうなの? 一人よりずっと楽しいわ! ねえ、クイル、明日も来れない?」 「僕には仕事があるんです。でも、少しだけなら」 「約束よ?」    幼い二人は、秘密の約束を交わし、毎日一緒に踊りました。  初めは楽しいだけでした。  なのにどうしてでしょう。  二人は次第に一緒に踊るとき、恥ずかしさを覚えるようになりました。  銀髪に若草色の瞳のエリナは、天井に描かれたどの天使よりも愛らしいのです。  また、クイルは身なりこそ悪いものの、聡明そうな青い瞳と、栗色の巻き毛が魅力的な少年でした。  ダンスをしながら、いつしか二人は互いに見つめ合い、目を逸せなくなりました。  クイルに気を取られたエリナは、ステップを踏み外します。そんなエリナを助けようとクイルは一歩踏み出し、彼女の腰を抱き抱えました。 「エリナ様、大丈夫ですか?」 「ええ、大丈夫」  そう言葉を交わしたものの、二人は離れるのが惜しいと思いました。  二人は、互いに、自分の瞳に一人だけが映っているのを認めて、恥ずかしさと、それ以上に嬉しさを感じたのでした。  初めてダンスをした時から、一年が経っていました。  
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加