パヴァーヌの中の王女

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 クイルのその後はわかりません。  アリエッタは亡くなる時まで、クイルについて王女に話すことはありませんでした。    エリナは毎日刺繍をして過ごします。  独りで過ごす時間は、寂しく、重く、辛いものでした。それでも、クイル以外の男性と一緒になるなんて考えられませんでした。  エリナは、クイルとの思い出を、開けてはならぬ宝物のようにずっと心の奥底にしまっていました。  初めてクイルに会った時。  クイルと二人でパヴァーヌを踊っていた時。  クイルと口付けを交わした時。  思い出すと、切なくて、悲しくて仕方なくなるからでした。  やがて、クイルと会わなくなってから、四十回もの春が過ぎ行きました。  王女は歳をとり、ベッドに伏せる日が増えました。  今では思い出はただ美しいものとなり、王女の心を慰めます。  独りのエリナは毎日幾度もクイルとのことを思い出しました。  パヴァーヌの足運びが。  笑いながら踊った幼い日が。  熱い視線を絡ませながら踊った日が。  キラキラと春の日差しのように美しく、温かく心を満たしていきます。    「あら? 私、パヴァーヌを踊っているわ。あの頃よりさらに上手く」 「ああ、体が羽のように軽い」  踊るエリナを、たくさんの天使たちが誘います。 「まあ、天使様もお上手ですこと」  天使たちの中に、クイルの姿を見つけて、エリナは涙を流します。 「クイル。先に逝ってらしたの?」 「ええ。エリナ様を迎えにきたのです」 「天国では誰にも憚ることなく二人で踊れるわね」 「ええ。もちろん」  いつの間にかエリナの背中から大きな翼が生えていました。  そして、エリナとクイルは踊りながら天国へと上って行ったのでした。                了
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