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◇  締め作業は一通り終わり、私たちはタイムカードを切った。人がいない時はいつも残業になるが、今日は一定人数いたのですぐに終わった。私はロッカーの荷物を敢えてゆっくり取り出し、横目で利喜さんを見た。あわよくば利喜さんと一緒に帰りたい。  前に利喜さんと一緒に帰ったのは、忘年会の後だった。その時は二次会に行く人とそうでない人で別れ、私は一次会でおさらばすることにした。利喜さんもそうだった。他にも何人か一次会で帰る人もおり、私は方向が一緒の人たちと同じ電車に乗った。  どうやら利喜さんは途中まで同じ電車のようだった。だから今日も、あわよくば二人で帰れたらなと思う。いきなり二人はハードルが高いけれど、やはり二人っきりがいい。  これ以上粘っても不自然かと思い、ロッカーの扉を閉めた。すると同じタイミングで利喜さんも閉めた。 「綾芽ちゃん、帰る? 一緒に帰ろ」 「あ、はい……」  突然の誘いに声が裏返ってしまった気がする。大丈夫だろうか。まさか向こうから直接誘ってくれるとは思わなかった。 「そういえば綾芽ちゃん、来るとき本持ってたよね。本好きなの?」 「あ、はい」 「そうなんだ。俺も好きでさ。今何の本読んでるの?」 「えっと」  私は鞄の中から本を取り出すと、ブックカバーを外して表紙を見せた。すると「え!」と利喜さんが言って、本を取り出した。本屋さんがつけてくれるブックカバーから顔を覗かせたのは、紛れもなく私とだった。 「え!」 「うそ、同じ本読んでるなんて」  利喜さんが目を丸くして笑った。「すごい偶然」と続けて言う。私も首をめいっぱい縦に振った。 「そんなことあるんですね」  私はお互いの手に持ってる本を見て言った。この本は決して最近大きな賞を受賞したわけでも、話題になっている本でもない。図書館で予約しなくてもすぐに借りられるような本だ。それを二人とも同じタイミングで読んでいるなんて。確かに最近読書の秋フェアの一つに採用されてはいたけれど。
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