1.内海 賢助

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ーーーー 昼下がりになり客足も減り始め、いつも通りレジに立っているといると、アセンちゃんが僕の横顔に視線を向けていた 「内海サン今日香水ツケテル?」 「いや…つけてないよ。持ってないし」 「…ナンカ匂ウネ」 「匂う?臭い?風呂入ったけど」 「イイ匂イネ」 「え?マジ?」 今頃効果が出て来たのか。自分では感じないが、魅力というのはいい匂いがするものなのか 「あっ、ごめん!それ多分僕だ…臭かったかな?」 いきなり話に割って入って来た迫田君に軽く殺意が湧いた ていうか僕じゃないのかよ…… 「今朝電車内にやたら香水臭い女性がいてね。満員だったから密着してしまった時に付いたんだ。ずっと取れなくてさ…困ってるんだよ」 「イイ匂イダカラ大丈夫ダヨ」 「助かるよ、ありがとう」 呼吸を乱されつつある僕は必死に深呼吸し、フラットな気持ちを心掛ける 心頭滅却すれば火もまた涼し。と何度も心で唱えた 迫田……僕はどうあってもこいつには敵わないのか… 如何に魅力を手に入れようと、それを上回る魅力を持つ人間の前には無力なのか そんな事を考えていると、一人のお客さんが来店した 「いらっしゃいませ」 しかもその客はかなりの美人で、若くスタイルのいい女性だった 見ていたら目が合ってしまい、慌てて目を逸らした そのまま買い物カゴに数点の品を入れ、女性は僕のレジへ並んだ レジをしながらも女性を見つめると、本当に整った顔をしていた。芸能人に間違われてもおかしくないくらいだった 「…店員さん」 「はい!!」 頭の中が見透かされたのか!と思っていたら、女性は笑いながら告げた 「手が止まってますよ」 「あ…」 恐らく僕の顔は茹でダコよりも真っ赤だったに違いない 急いでレジ打ちし会計する 「お時間とらせてすみませんでした!」 女性は怒る素振りすら見せずに笑っていた 「大丈夫ですよ」 何故かこの時、また僕の口が勝手に動いた 「…あなたが余りにも綺麗だったので、つい見惚れてました」 女性は口を開けてビックリしていた。そりゃそうだろう、店員が真顔でそんなことを言ってきたのだ。 きっとそんな体験初めてだったに違いない 「あ、あの…」 言葉を繋ごうとする女性を畳み掛けるように僕は押した 「今度お茶でもどうでしょうか」 到底業務中に放つ言葉とは思えない発言に、他の二人も唖然としている しかし当の女性は、軽蔑するでもなく嘲笑するでもなく、顔を赤らめて返答に迷っている 迷っている?ということは可能性があるのか? この僕に? 22年間、彼女はおろか友達もいなかった僕が?こんな綺麗な人を迷わせている?? まさか…これが「魅力」の効果?? アセンちゃんには効かなかったのに、何故だ? 「これ、連絡先です!」 女性は紙に連絡先を記し僕に手渡してくれた 「えっ…?」 「連絡待ってます!!」 そう言い残し店を出て行ってしまった 「…マジ?」 「ちょちょっ!凄いよ内海君!あんな綺麗な人と!しかも普通仕事中にあんなこと言わないよね!」 興奮気味に迫田君がまくし立てるが、僕は上の空で会話もろくに入ってこなかった その日一日、彼女の事しか頭になかった ずーっと彼女の事を考えているうちに ーーー僕の中にある何かが、外れた音がした 欲望の箍と呼ぶべきか。それが外れた途端自分の中にある小さな自己が溶けて消えてゆく感覚があった その日の夜も吸い込まれるようにパソコンの前に座り、新たな商品を模索する 次はもっと積極性が欲しい…今日は無意識に口から言葉が出たけど、もっと押しの強さが要る… 僕はサイトで「強気」を検索した。 「強気」 4000000円 入札6 あと1日 「強気」 3000000円 入札5 あと1時間 「強気」 1950000円 入札1 あと2日 「強気」 200000円 入札1 あと3日 「強気」 100円 入札1 あと6日 当然狙うは一番上の「強気」だが、100円ていうのがかなり気になるぞ… 100円で出品する奴も大概だし、買っても大した効力ないだろこれ… あと1日か…何かをまた出品するしかないな… 僕は何を出品するか迷いながら買ってきたカップ麺を食べた 金を手に入れたが、それを勿体無くて使えない貧乏性の僕は相変わらずカップ麺とコンビニ弁当生活から抜け出せない ちなみに貧乏性は実のところ、自分の中で長所だと思っているため出品する気は無い やっぱり…「怠惰」か…
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