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「迫っちゃん、ちょっといいか」
店内も落ち着きを取り戻してきた頃、店長が迫田君を呼びつけた
バックヤードの奥にあるロッカールームへと二人して入っていき、僕は他のバイト二人と店内に残された
会話の内容が気になった僕は、バックヤードに用があるふりをして奥へと向かい聞き耳を立てた
自分にとってプラスになる話じゃないと心の片隅では理解していたが、何故か聞かずにはいられなかった
「えっ、良いんですか!?」
始めに飛び込んできたのは迫田君の声だった
「君にしか任せられないと思っているんだよ。お客さんからの評判もいいし、他のバイトも君を慕っているからね」
「期待に添えるかわかりませんが、やってみます!」
「期待しているよ!」
「はい、失礼します!」
ドアが開き、ロッカールームから出てくる迫田君の顔を見て多分僕は誰も見たことの無い顔をしていたと思う
「あっ、内海君…聞いていたかな?今の話」
「いや、聞いてなかったよ。どしたの?」
聞き耳立ててましたが肝心な部分は聞き逃しましたとは言えないので、知らんふりをして問う
「僕、来月からチーフを任されることになったんだ。まあやることが増えただけで今までと何も変わらないけどね」
「……そう」
ーーー頭を鈍器で殴られたような衝撃だった
激しい嘔吐感に包まれ途端に頭痛がし始める
わかっていたはずなのに、理解していたはずなのに
僕はまだほんの少しの自負を捨てきれずにいたんだ。それを今日の今ハッキリと思い知らされた
ーーー迫田雄二は僕が働き出した翌年、新人バイトとして現れた
つまりは僕より一年後輩ということになる
歳が一つ下なのに、僕と全くの真逆に位置するタイプの彼に僕は愛想を振りまくことすらしなかった
そんな僕の態度もあってか、入りたての頃の彼には少し嫌な思いをさせたかもしれない
だが彼は持ち前の話術と人格で瞬く間に溶け込み、僕にも話しかけてきた
彼の人間性を知った僕は彼を好きになってしまい、いつしかバイト先での一番の友となり理解者になってくれていた
でもそんな彼に対して僕はたった一つ僅かに
眠らせてきた感情もあった
それは、一年早く働き出したというちっぽけな自尊心だ
人からすればただそれだけだと思われるかもしれないが、そんな自尊心を持つことが、劣等感に押しつぶされそうな僕を支える唯一の術だったんだと思う
何か一つでも仕事で優っている部分を探す日々
彼に出来ない仕事をやり遂げようとそれなりの努力もした
日に日に追い越されていく感覚を味わいながらも
まだ先輩面して本当にどうでもいい知識をひけらかしていたりもした
だけどーーー
今日今この瞬間に
それら全てが粉々に砕けた音がした……
そこから数分間僕はバックヤードから動けずにいた。迫田君は既に業務に戻っている
「どうした、内海」
立ちすくむ僕にロッカールームから出てきた店長が声をかけた
この思いを吐露せずにはいられなかった
「店長…迫田君チーフになるそうですね」
「ん?ああ。訊いたのか!そういうわけなんだよ、来月から彼を支えてあげてくれよ」
欲しいのはそんな答えじゃないーーー
僕はただ一言
嘘でもいいから
「お前にしようか悩んだ」って言って欲しかったんだ…
「ちなみに、僕もいつかチーフになれますかねえ」
声色は冗談混じりに、しかし眼は真剣に店長に尋ねてしまっていた
そんな僕に店長は鋭い視線で返してきた
「内海、迫田にあってお前に無いもの。わかるか?」
ありすぎてわからないです…
ほぼ全てが足りないだろ…
ただそれとなく当たり障りのない回答をしてみる
「人徳ですか」
「自信だよ」
間髪入れずに、その言葉が発せられた
知っていた
自覚していた事を、第三者からズバリと言われた
僕が喉から手が出るほど欲しくてたまらないもの
だけどその自信の付け方もわからずそもそも自信そのものの意味すら根底からは理解していない
漠然と日常業務をこなし淡々と日々を終えることがバイトとしての最重要の責務だと信じやり遂げてきた
結果として知識や経験は養えたが肝心なところでは成長していなかった
すぐ狼狽えるしテンパるし吃るしで何年経ってもオドオドしている
確かに鑑みてみればそんな男に一体誰が役職を与えるというのだろう
その後も店長は色々な言葉を紡いではいたが僕の耳には何も入ってはこなかった
そこから家に帰るまでのことはあまり覚えていない
ただ家に帰って、ふと気がつくと僕は
パソコンの前に座り込んでいた
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