序幕 いんびじぶるおーくしょん

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思えばこの日が、僕にとっての人生のターニングポイントだったのだろうーー …もう開くことはないと思っていたあのサイトにアクセスする それは無意識か潜在意識か、自分の中にあるどす黒い何かを払拭するためか 迷わずENTERの先へと進む 欲しいのは…まず…「自信」 誰にも媚びることなく人の顔色を伺うことなく 独りでも生きて行ける…そんな「自信」が欲しい だけど、このサイトの「自信」は僕なんかが手を出せる金額じゃない だけど、入札は出来ずとも出品なら可能な筈だ 僕は僕の中にある最も不要な感情を模索し、出品することを決めた それはこの22年間の人生に失敗ばかりを生み出してきた この、「臆病」さを しかも、こんな時でさえもこの感情は邪魔をする マウスを持つ手が震えている。僕は冷蔵庫にある缶ビールを開け一気に飲み干した 一杯くらいで酔えるとは思えないが、僅かでも酒の勢いが欲しかった 思い留まろうとする脳と指先が、僕の心との疎通を拒むように震え動かない だけど頭の中にある彼の顔を思い浮かべた時 自然と指先に力が入った クリック音が静寂に包まれた暗い部屋に響く 出品のページにはまたシンプルな文面が映し出された あなたの持つ「臆病」を出品します お届けは本日23時59分になります お届け後、あなたは「臆病」を失います 同じ商品を買い直すことはできません よろしいですか? →同意する 同意しない よろしいですか?って訊かれても、そんな体験をしたことがないのでイマイチ実感が持てない けど、恐らくこの感情は今後の人生でも不要なものだろう…迷ったら駄目だ 僕は決意して「同意する」の項目をクリックする 出品受付致しました 出品初期設定金額は3000000円、即決金額は5000000円になります 僕は目玉が飛び出るかと思った え?3000000円!?嘘だろ?? 思わず掌が熱を帯びていくのがわかる。手汗でマウスがビショビショになっていた でもそもそも、こんな感情買う奴がいるのか?? 人生に於いて、臆病さが必要な場面なんて出てくるか?? 少なくとも僕の人生にはそんなものが役に立った事は全くなかった このサイトの運営にからかわれているのか?? 暫くモニターを見つめ思考に耽っていたら、メール通知が届いた 誰だろう? 開いてみるとメールは《いんびじぶるおーくしょん》からだった 商品が落札されました その文を見て、思わず僕は仰け反り椅子ごと倒れてしまった。腰に椅子が刺さったが腰の痛みを忘れるほどの高揚が身を包んでいた ちょっと待て、まだ出品して5分くらいだぞ…いくらなんでもありえないだろ…!? 一体誰が買ったんだよ!! 疑問が頭を埋め尽くしている中、何かが頭の中からスッと消えるような妙な爽快感が突き抜けていった 今の感覚は一体……。気がつくとあんなにかいていた手汗も乾いている…震えも、治っていた そのまま僕はサイトに戻り詳細を調べてみた 別に知ってどうということでもないが落札者の名前がどうしても気になる 落札者 画龍 …画龍、カクリュウ?教養の乏しい僕はその字が読めなかったので検索してみた そこには画龍点睛というワードが連なっていた。画龍はガリョウか… 落札者を気にしてたって仕方がない。それよりも気になるのは…本当に即決金額で売れたか、だ。 僕は資産を確認してみた 本当に5000000入金されてる…… ちょっと待てよ、これで「自信」を買えるじゃないか!と思ったがまずは失った「臆病」がどう影響するのか、そしてこのオークションの信憑性を確かめてからでも遅くはないと思った 欠伸をしながらしばしばする目を擦り時計に目をやると時刻は0時を回っていた 明日に差し支えるといけないので、今日は寝よう
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