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波が砂浜に寄せている。
潮風に乗り鳥が北へと、はるか遠くを目指して飛んでいる。私は、目を凝らしみ見るけれど、あの人の姿は見えない。
あの人の故郷に似た、この海辺にはもう帰ってくる事はないのでしょうか?
そう、私と彼との出会いは、こんな砂浜でした。子どもにいじめられていた私を、彼は助けてくれたのです。
◇
浦島太郎様……、現実の彼は日に焼けた、漁師の仕事をしているだろうたくましい男性でした。しかし笑うと少し目尻に皺の出来る様子に、私は少し安心したのです。
浦島太郎様は、助けてくださったばかりではなく、私の甲羅や手足を確認し、そして裏返しにして裏の甲羅にも傷が無いかと確認してくださいました。
あわわわぁとなっている私に、「あぁ……すまない、どうやら傷など無い様だが、どこか傷むところなど無いだろうか?」
彼の目は、小動物などに向けられる哀れみの目でした。私が居た竜宮城と違い。小さな小魚や稚魚に向けられる目に、初めは戸惑いました。
私は舞を踊る魚達よりは、幼いながら重いと思われる仕事についていたからです。しかしすぐに考えを改めました。
私は、魚の稚魚に相当する、人間の子ども達にさえかないませんでした。私は本当に無力な小動物、いえ、亀だったのです。黙ってそう考えている私を彼は心配し私の顔を覗き込むと……。
「やはり、どこか痛いのか? 人間に効果のある野草は、お前に効くだろうか?」
そう言い私の横に、座りこみ考え込んでしまいました。
「いえいえ、痛いところなど、少しもありません。少し考えこんでしまいました」
「そうなのか? それなら安心だ。だが、あんな多くの子ども達にいじめられていたのだから、後から傷む傷もあるだろう。今しばらくは安静にしているといい」
そうやはり憐みのある目と言葉で、彼は私を労わってくれるのでした。
「あの……お名前をうかがっても良いでしょうか?」
「浦島……太郎と言う。村の子ども達が、すまない……。最近の異常気象のせいで魚がとれず、みんな苛立っているのだ……」
「だからって私は、何もしていないのに酷すぎます! 私は、竜宮城では、『選ばれし子ども』と言われても決しておごらず、生後3か月を生きてきました! それなのに初めてみた人間の子どもはサメの様でした……」
「すまない……」
彼は、そう言うと何も言わず、ただ私の横で座って居てくれました。ここで、幼かった私は生涯悔やむ、決断をしてしまったのです。
神童と竜宮城で、もてはやされても所詮、私は名もないただの亀で、神でも、人間のわらべでもありませんでした……。
私がその地に行った理由は、竜宮城の乙姫様に頼まれたたからです。
乙姫様は、美しく儚い女性でしたが、それでも竜宮城を切り盛りし、他の神様達との友好関係をしっかりし、時に子どもの様に私の海での話や大陸の様子の話をせがむのでした。
しかしある日、彼女は心痛な面持ちで、私を部屋までお呼びになりました。
「亀ちゃん、世界はもうすぐ海の中に沈むでしょう」
「どうしてそんな事が……」
私は、にわかには信じられませんでした。しかし彼女は、哀しげにそのまぶたを閉じたのです。
ベニクラゲに聞いた事を、私は、今、一度思い出しました。彼女の居たムー大陸も海に沈んでしまっていた事を……。命の炎が消える時、そこに意味など無く哀しみだけが、そこに残る事を……。
「乙姫様……私に、出来る事はなんでしょうか?」
「人間達に、伝えてほしいのです。その大陸は海に沈むよと、生き残る為には貴方達も大きな箱舟を作るべきだと……でも、亀ちゃん無理はしないでいいのですよ、貴方まだまだ子どもなのですから……」
◇
そうやって……哀しむ乙姫様の姿を見てきたはずなのに、私は浦島太郎様、彼だけを連れて帰ってしまったのです。
世界の終わりを知らせずに……。世界は、重く、偉大で沢山の命、沢山の暮らしがあったのに……、いえ、あったのだから世界は、すぐには終わらないと思っていました。まだ、時間があると……。
しかし私達の帰った竜宮城で、私だけが乙姫様の部屋へ呼ばれました。
「亀ちゃん、心して聞いてください……。世界は、海の底に沈んでしまいました。今、世界には私達と箱舟に乗ったある家族と全種類のペアの動物達しかいません……」
「えっ……まだ僅かしか、時間は経ってないのにですか?……えへへ……いつもの冗談ですよね?」
乙姫様は、私の顔色をうかがいつつ、何て言おうかと考えている様でした。しでかしてしまった事の大きさと、浦島太郎さんを連れて来た経緯、私の幼なさを天秤にかけて彼女は、一言「大丈夫ですよ」と言いました。
私はその優しさの下で、改めて自分のしでかした事の大きさについて涙しました。泣いても、泣いても私の罪は消えないのにです。
本当に愚かな事をしました。村人全員は救えずとも、箱舟の方々の様にひと家族位は救えたかもしれないのに……。
その夜、私は竜宮城を出ました。
無駄だとわかっていても、誰かを救えるかもしれない。そんな気持ちをどうしても止める事は出来なかったのです。しかし陸地は、どこにもありませんでした。その日から私は竜宮城の外で過ごしました。
私の隠しきれない自慢だった頭脳もそこではあまり役に立ちませんでしたが、海は広くこんな私でもどこまでも受け入れてくれる事を知り、私の事を死に至らしめる程の狂気がある事も知りました。
そんなある日、オリーブを加えた鳥を見たのです。
どこかに陸離がある証でした。そうしてある日、陸地を見つけるのです。しかしそこは彼の故郷とは見上げた星の模様と植物が違う様で、しばらく居たのちそこを旅立ちました。
それからはいくつもの大陸を発見しましたが……彼の居た、アトランティスとはどこも違う様でした。
もしかするとその大陸は、乙姫様の居た大陸と同じ様に長い眠りについてしまったのかもしれません。
しかしとうとう私は発見したのです。アトランティスでは、無いのですが、彼と同じ人種、文化を持つ人々の住む国を! それまでに何百年、もしかしたら何千年の月日を費やしたことでしよう。この島には何度も来たのに彼らは、浦島太郎様の居た時代までたどり着いてくれたのです。
しかし同じ失敗は繰り返さない様に、幾日も待ち、子ども達ではない得に高い僧侶様へ話しかけました。彼なら私を迫害しないと思ったからです。
「あの……徳の高い僧侶様とお見受けします」そう僧侶様に話しかけ浦島太郎様の生きていた時代の年号、彼の住んでいた村の名前を知らないか? と、尋ねました。
「うーん私は、日本中を歩いてはいるが、お前の話している事について聞いた事がない」と、答えました。
わかっては居たのですが、その言葉にショックを受け、黙り込む私を見て僧侶様はいいました。
「お前達、亀は吉報の象徴であり、話せるお前は、普通とは違いそれだけで価値がある。理由はわからぬが、人生とは往々にして上手くいないものだ。後悔をするのではなく、私との出会いを大切にするのはどうだ?」
久しぶりに話した相手が私を認めてくれた事で少し心が晴れましたが、それとは逆に涙が次から次へと溢れ出るのでした。
それを見て彼は、私の大切な方々の様にただ隣いて、困った様に時々甲羅を撫でてくれるのでした。
涙も枯れ、旅の僧侶様が旅だった頃、私は浦島太郎様と乙姫様の待つ竜宮城に一度帰る事にしたのです。
しかし帰った私を待っていたのは、帰ると言う浦島太郎の言葉を聞いて悲観に暮れる、乙姫様の姿でした。
つづく
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