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「……あき、無理してたね」
四人で行きつけのたこ焼き屋へ行き、いつものように街に出てぶらぶらし、ゲームセンターで一通り遊んだ後、二人と別れた。
「まぁ、そりゃ寂しいだろうなぁ。とうとう春希、行っちゃうもんな。ま、それはお前もだけど」
ライトグレーだった空は、だんだん黒みを増す時間になり、千夏たちはいつものようにバス停のベンチで座っていた。ここで何本ものバスを見送って話すのは、いつもの二人の帰り道だった。 夕方に散っていた雪は今は姿を消しているものの、風は刺すように冷たい。
「……冬人も寂しい?」
両手で包んだホットココアを見つめて言った。
「あ?」
冬人は聞こえていなかったのか、間抜けに問い返す。
「あんたは、私が東京に行って、嫌?」
冬人は何も答えない。 その横顔もネックウォーマーに深く埋まって、窺えなかった。
「冬人はさ、結局、私の進路に何にも言ってくれなかったじゃん。私が東京の大学に行くか迷っている時も、東京に行くって決めたときも。いつも、私の決めたことに頷いてくれるだけだった。いつも、そうかって笑いとばすだけで……」
「だって俺にできんのって応援してやることだけじゃね?」
冬人はいったん空を仰ぐように顔を上げてから、戻した目線はまっすぐ、なにもない、たまに車が通るだけの道に向けられている。 さっきから千夏の方を見ようとはしない。ともすれば頑なともとれくらいに。
「……ホントはすごく、すごく迷ってた。東京に行く夢も捨てられない。でも冬人の傍にもいたかった。女々しいから、言えなかったけど。卒業してもずっと一緒に……」
視界が潤んで、一ミリでもうごけば、一瞬でも瞬きをすれば涙がこぼれてしまう。
「あんたと……一緒にいたかった」
ついに頬へと伝い始めた涙で、言葉が詰まる。 堪えきれず、うつむいたと同時に、冬人に肩を強くつかまれた。 驚いて顔を上げると冬人の歪んだ顔があった。強く顰められた眉が苦しそうで、噛みしめられた唇は僅かに震えていた。
「俺だって一緒にいてえよ! 東京なんか行くなって言いたかったよ! けど! 言えるかよ……俺のために、地元に残ってくれなんて……そんなダセえこと、言えるか!」
乱暴にそう言って冬人は顔を逸らした。 肩を掴まれた手から、小さな震えが伝わってきて、たまらず千夏はその胸の中へ飛び込んだ。 それに応えるように、冬人は自身の胸の中の千夏を力いっぱい抱きしめる。
「ごめんね……ごめんね……ごめん……」
「謝んな。まだ終わってねーし。たかが高校を卒業するだけだし! 離れ離れになるからハイ終わりとか、そんな軽くねーよ。諦めたら試合終了だ! まだ勝ち負け決まってねーよ!」
いつのまにか、すっかり夜になった空からまた雪が降りだしていた。 このまま降り続けば、明日は積もるかもしれない。 明日の空がわからないように、明日も未来も、千夏と冬人がこれからどうなっていくのか、それはきっと誰にもわからない。 千夏も今のままではいられないし、冬人の環境も変わるだろう。 それでも、この気持ちとこの腕の中は、千夏にとっての今の世界だ。外の世界のことは知らない。まだ知らないままでいい。
――明日、私たちが高校を卒業してもずっとこのままでいい。
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