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オレンジ色の個室に入るまで私と少女は目も合わせませんでしたが、戸が閉まった時に初めて目が合いました。
「座ろっか」
少女は長椅子を見下ろし、私の手を引きました。隣に座るのか、と思いました。長テーブルを挟むのとは異なる、少女が振り向けば唇が触れる距離。
「あの、さっきは本当にありがとう」
「それはいいんだけど」
私はお礼の言葉を間違えたのではないかと思い、血の気が引きました。少女は、「あー」「う~ん」という照れたような、困っているような表情をしました。
「ああいう時は、逃げた方が、いいです」
本人は笑っているつもりはないのでしょうけれども、気まずそうにかすかな笑みを浮かべて、右の人差し指をくるくると回す少女は可憐でした。……いえ、歌舞伎町に似つかわしくない私に親切な忠告をしてくれたのです。
「そう、だよね。ありがとう」
今思えば、危ない人だったのかもしれません。私に声をかけ、手を引いて老人から離してくれた少女に感謝の気持ちでいっぱいでした。
「そういえば、『あかいさ』? 何か言ってた?」
「若草。髪を緑に染めてるでしょ」
私はスマホで検索しました。なるほど、私のインナーカラーと同じ色でした。詮索はマナー違反ですが、緑色を見て若草と瞬時に出るなんて、私と同じ文系か、良家のお嬢様か……と考えずにはいられませんでした。
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