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「ん……」
聞き慣れないアラームの音で目が覚めた。
鳴り響くスマホに手を伸ばした瞬間、違和感に固まる。
……これ、私のスマホじゃない。
それに、ベッドの大きさも自室のものより倍以上ある。枕が二つ並んでいることにびっくりして、飛び起きて周囲を見渡した。
「なにこれ! なんで!?」
広い部屋にダブルベッドと木製の鏡台、ローボードには小さなガジュマルの植木鉢が置かれている。
どういうこと? 私、まだ夢の中にいるの?
ふいに目に入った、鏡に映っている自分に絶句する。
「……嘘でしょ」
確かに自分の顔ではあるが、明らかに成人した女性だった。
いつもより髪は長くほんのり茶色にカラーリングされていて、ほうれい線もやや濃くなっている。
「お肌劣化してる……」
いよいよ混乱して、慌てて部屋から飛び出し「お母さん!」と叫んだ。
見慣れないリビングには母の姿はない。それどころかもっとあり得ない光景に、私は口をあんぐりと開けた。
「……早川先輩……」
「おはよう。みのり」
コーヒーを淹れながら私の名を呼ぶ先輩に、卒倒しそうになる。
「先輩! なんで!? きゃー! スーツ姿カッコ良い! てか、大人の先輩! 色気半端ない!」
錯乱状態の私を唖然と見つめる早川先輩は、いつもより更に落ち着いた大人の男性の貫禄があり、シャープな顔立ちが凛々しい。
マグカップを手にしている左手の薬指にはきらりと光る指輪が見え、ごくりと固唾を呑み込んだ。
恐る恐る自身の左手を確認すると、彼と同じ、ダイヤが埋め込まれた指輪が煌めいていた。
「きゃー!」
「どうしたんだよ。寝ぼけてるのか?」
嘘でしょ? これは私の妄想が具現化した夢?
血が沸騰しそうになる身体で何度も深呼吸をして、再び彼を見つめる。
「座って。もう朝食できてるから」
優しい微笑みはいつもの先輩そのものだ。
胸が締めつけられて苦しい。例え夢だとしても、ほんのひとときでも先輩の傍にいられる幸福を味わえるなんて。
二人向かい合ってダイニングの席に着く。まだ夢が覚めないでと祈りながら、先輩が淹れてくれたコーヒーを一口飲んだ。
「ん、苦い」
いつも甘いカフェオレしか飲まないお子様舌の私には、ブラックは早かった。
「あれ? みのりが好きな豆だけど」
キョトンとする先輩に、慌てて苦笑してコーヒーを啜る。
「う、嘘です! 先輩が淹れてくれたコーヒー、美味しい!」
「なあ、それ嫌味? そんなに俺のこと嫌になった?」
「え……?」
ムスッとする先輩に面食らう。
「……名前も呼びたくなくなった?」
寂しげに目を伏せる先輩。夢であっても彼にこんな顔をさせてしまうなんて!
「しょ、祥悟さん!」
呼びたくないわけないじゃないですか! どれだけ先輩の名前を呼んでみたかったか! 何度心の中で叫んだか!
ふいに目に入ったカレンダーの日付に目を見開く。
2027年。今から13年後の世界だ。
つまり私は30歳。先輩は31歳。
「祥悟さん、あの……」
やっぱりおかしい。夢にしては何もかもがリアルで、パンの食感も味も、カーテンの隙間からもれる日差しや小鳥の囀りも鮮明だ。
「もしかして私達、……結婚してます?」
間違いない。私は未来にタイムリープしてしまったんだ。
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