1人が本棚に入れています
本棚に追加
「……おーん。珍し」
唸るように声をあげた斎藤に、美音は振り返った。斎藤は普段、ひどく静かに買い取ってきた本やこれから売る本を整理している。そんな彼の手に、古びた文庫本があった。
「あのおじさんがこれ持ってきたか。へー……」
聞いてほしい、と言いたげな声色に、美音は尋ねた。
「どうしたんです?」
「見て、みて」
斎藤が本の隙間を縫うように手を伸ばす。彼から文庫本を受け取った美音はタイトルを読んで、思わず動きを止めた。
「それね『遠い空でいつも』って小説。これ、もう20年以上前かなぁ……この小説だけ出して消えちゃった若手作家の小巻澤ってやつ。結構この小説は面白くて、最初はハードカバーで出たあとに、文庫本も出たんだけど、続編が鳴かず飛ばずでねぇ」
ぽつぽつと話す斎藤を前に、美音はじっと『遠い空でいつも』というタイトルをじっと見つめる。
美音の記憶があっという間に、20年前にとんだ。
20年前のこと。でも、美音にとっては最近のこと。
美音は当時、中学生だった。何がきっかけかは分からない。確かなのは、友達だと思っていた少女たちに、川に突き落とされてしまったこと。
いじめ、だった。
美音があまりにも鈍感で気が付かなくて、いじめに関連した感情が膨らんだ少女たちが、川へと彼女を突き落とした。美音がびっくりすればそれでよかった、と思っていた少女たちは、青ざめることになる。
(そりゃそうよね、ブレザーの制服着て、教科書でパンパンのカバン背負ってるんだもの……)
美音の体は、ぶくぶくと底へ沈んでいく。鼻から口の中へなだれ込んだ水の塊が、苦くて、臭くて、いつもの水道水のありがたみを感じる。
最初のコメントを投稿しよう!