捨て鉢酒場の片隅で

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「あ。これ……タカムラってもしかして肺がん野郎のことかぁ!」  中から出てきたのは見覚えのある一冊の本。  肺がん野郎がよく読んでた赤茶色のハードカバーで、だいぶ年季の入った古本だ。  それなら俺は知っている。  知らなかったのは肺がん野郎の本名の方で……あ、いやそういえば表札にそんなのが書いてあったようななかったような、例によって記憶があいまいだ。 「肺がんって……まあたぶん合ってますね。鷹村さんヘビースモーカーでしたからね」 「何、なんであいつがこれ俺に? てか本人は? そういえば最近会ってないけど」 「形見です」  そう言ってお兄ちゃんはきゅっと固く口を結んだ。 「え、あいつ死んだの? そら、あの……なんつうか、てかマジで肺がんだったの? 先月までピンッピンしてその席でモクモクプカプカしてたけど」 「違いますよ。鷹村さんは仕事中に僕をかばって……建築資材の下敷きになりました」 「……ええっと。あのー、なんだ。気にするなよ。あいつどうせ肺がんで老い先短かっただろうし。こんな時は、ほら、あの……飲もう? 飲んでパーッと騒いでこ?」  気を使って言ったつもりが、お兄ちゃんの冷たい視線が突き刺さった。 「すいません僕下戸なんで。とにかくそれ確かに渡しましたから。それじゃごゆっくり」 「あ、ハイ……受け取りました」  たしかに、と言った俺の声より大きくお兄ちゃんは「お勘定!」と怒鳴って一度も振り返ることもなくそそくさと帰ってしまった。  後に残されたのは変な封筒に入った本が一冊。俺はその表紙をなぜて安酒のグラスを傾ける。  俺はこの本を知っている。  これは読めない本。  あいつがいつも笑いながら読んでいた、俺には読めない本だった。
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