捨て鉢酒場の片隅で

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 天涯孤独の男だった。  俺も似たようなもんだが、俺よりかわいそうだと思うのが、あいつはもともと地位も名誉も家族も全部持っていたのだ。  それを全部一気に失った。  この町じゃ珍しい話じゃない。  十年以上前、この町は震災被害にあったから。  あいつもそうはっきりとは言わないが、まだ小さい娘がいたらしい。かわいくて優しい奥さんも。年老いた両親も、親戚の多くも、みんな助からなかったようだ。  俺のようにもともと持っていない人間よりも、一度は手にした幸福を何の理由もなく奪われる方が苦しみは大きいんじゃなかろうか。  俺はもとから家族のぬくもりとか、陽だまりのような幸せとか、そういったものとは無縁だ。  最初から知らないから、羨ましく思うことはあってもまったく現実感がない。身を切られるような苦しみも味わわずに済む。  鬱だかPTSDだか知らないが、それからタバコと再婚したと笑っていた。  もう心中するからいいんだと。肺がんでもかまわんと。  だから俺はケムいから吐きかけるなとは言ったが俺の隣で吸うなとだけは、あいつに言ったことはなかった。  その代わりにあいつはあいつで、俺に深酒するなとは言わなかった。  俺らはそういう、ノミトモだった。
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