十月緋色奇譚

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 運転席の作業員は、軍手をダッシュボードの上に載せながら、助手席に乗り込んだ相棒の手元に目を留めた。 「何だ、それ」 「今、アパートから出てきた男が、捨ててくれって。でも綺麗な表紙の本で。なんか、もったいない気がして」 「それ、持ち帰ったらコンプラ違反だぞ」 「分かってますって。ちょっと読んだら捨てますから」  そう言って、若い作業員は一ページ目をめくった。その目が大きく見開かれた。そして勢いよくバチンと音を立て、本を閉じた。  その音の大きさに、アクセルを踏みこんだ作業員がびっくりしたように声をかけた。「おい、どうした?」 「なんでもない、です」助手席の作業員は本を握りしめ、前に延びる道路を真っ直ぐ見つめた。「なんでも」
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