十月緋色奇譚

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 レジカウンターは買い取ったばかりの未整理の本が積み重なっている。その奥で、白髪交じりの、四角い鼻眼鏡のオジサン――ザ・古本屋の主という風貌の店主――――が分厚い本のページを一枚一枚、時間をかけてめくっている。折れや書き込みを見逃すまいと。  拓馬はカウンターの隙間に本を置いた。「これ、お願いします」  オジサンは拓馬を見ることもせず、視線を落としたまま低く呟いた。 「クソ」 「……え」拓馬は息を呑んだ。  怒られた? オジサンに? しばらく顔を出さなかったから?   確かに、以前は――大学の頃は――ちょくちょく足を運んでいた。古い海外ホラーやSFの品ぞろえが豊富だし、読書傾向が似ているオジサンとも気が合った。けれど、小さな会社に就職し、さらに結婚して遠くのアパートに越すと、ここを訪れる回数は季節行事並みに減った。今日は外回りの仕事で近くへ来たから、帰りに絶対寄ろうと思って――。 「――すみま……」  謝罪と言い訳を口にしかけた拓馬をよそに、オジサンは緋色の表紙を指でトントンと叩いた。 「何だよ、この本。こんな本、買い取ったおぼえはないよ。誰かが黙って置いていきやがったな」
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