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「あ……ああ、なんだ」クソの対象は、どうやら自分じゃない。息をついて、拓馬はことばを続けた。「……黙って置いてく? よく、あるんですか?」
「滅多にないよ。でも、たまーに、ある」オジサンは困り顔になった。「自作の詩だか小説だか絵本だかを勝手に置いてく奴が。『誰かに読んでもらえればいいの』ってな。一言、言ってくれりゃいいのに。こいつの代金はいらん。ただでやるよ」
オジサンはそう言うと、本を紙袋に詰め始めた。
そういう本なら要りません、と言うタイミングを失って、拓馬は袋の縁がセロテープで留まるのをぼんやりと眺めた。
なんだ。期待外れの可能性大だ。明日はちょうど燃えるゴミの日だ。書いた人には悪いけど。
オジサンはスーツ姿の拓馬をちら、と見た。
「仕事は順調か?」
「まあまあ、です」
「本、読む時間もないだろ?」
「ですね。積読ばっかりで」
「それでもいいさ。いつか読もう、そう思うだけでもさ」オジサンは口元を緩めた。
また来ます、と店を出ると、背後でシャッターを閉める音がした。前に、閉店時間を尋ねたら「暗くなるまで」と返ってきた記憶がある。十月の七時は、もう夜だ。
定年まで数十年あるけれど、余生こういう古本屋を営むのもいい。儲けは抜きで。最後の客が帰ったら、店舗二階の自分の部屋で、静かに昔の本を読む。
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