4人が本棚に入れています
本棚に追加
電気の消えた真っ暗な玄関の鍵をカチリと回す。その音が聞こえたかのように、日菜子からのLINE通知が鳴った。
――冷蔵庫に肉じゃが、入ってます。食べてね。私はこっちで軽く済ませたから大丈夫。
OK,とスタンプを返す。特養ホームの遅番の日、日菜子の帰りが予定を過ぎるのは珍しいことじゃない。物価高の今日この頃、二人で働いて、ちょうどの生活。キツキツではないけれど、余裕たっぷりでもない日々。
それでもたまには贅沢を、と旅行を計画してみたものの、休みが上手く噛み合わない。
――今度の連休、温泉一泊しに行こうよ。紅葉シーズンだし。
――ごめん、そこはどうしてもシフトをずらせなくて。次の連休は?
――あー、そっちはおれ、会社のセミナー入ってる……。
はあ、と息を吐き、古本の入った紙袋をダイニングテーブルの上にどさりと置いた。同時に中からパチン、と音が弾けた。鍵が開いたような。
紙袋を引き寄せ、緋色の本を取り出す。視線の先で、帯の留め金があっけなく外れ、揺れていた。
「なんだったんだよ、さっきの固さは」
文句を一つ言って、拓馬は椅子に腰かけた。日菜子が帰って来る前にさっと目を通して、イタい詩集だったらゴミ袋に放り込もう。
拓馬はさらさらとした緋色の表紙を開いた。
中表紙にタイトルがあった。細い明朝体で四文字。
「うんめい」
うわ。やっぱり、イタい詩集の類か。うんめい。しかも平仮名。ふん、と鼻で笑ってページをめくった瞬間、拓馬は勢いよく本を閉じた。
なんだ、この本は……。
最初のコメントを投稿しよう!